“平壤”の読み方と例文
新字:平壌
読み方割合
へいじよう100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
ことに樂浪郡(らくろうぐん)の役所(やくしよ)のあつたところは、今日(こんにち)の平壤(へいじよう)の南(みなみ)、大同江(だいどうこう)の向(むか)う岸(ぎし)にあつて、古(ふる)い城壁(じようへき)のあともありますが、支那(しな)から派遣(はけん)せられた役人(やくにん)がこゝに留(とゞ)まつて朝鮮(ちようせん)を治(をさ)めてゐたのであります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
この高句麗時代(こうくりじだい)の古墳(こふん)は平壤(へいじよう)附近(ふきん)のほか朝鮮(ちようせん)の北(きた)、支那(しな)との國境(こつきよう)にもありまして、そこには將軍塚(しようぐんづか)などといふ名(な)のついてゐる、石(いし)で造(つく)つたエヂプトの階段(かいだん)ぴらみっとのような大(おほ)きな墓(はか)があります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
この將軍塚(しようぐんづか)や碑(ひ)のあるところは鴨緑江(おうりよつこう)の北(きた)で、今日(こんにち)では支那(しな)の領地(りようち)となつてゐます。高句麗(こうくり)は、その後(ご)この北(きた)の方(ほう)から都(みやこ)を平壤(へいじよう)に移(うつ)しましたので、その後(ご)の古墳(こふん)は平壤(へいじよう)の西(にし)の方(ほう)にたくさんあります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)