きれ)” の例文
なるほど積まれた本と本との間の極く狭い空地に、ボロきれを下に敷いて見覚えのある時計とニッケル貨幣とがチョンと載っていた。
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかし袖印そでじるしだけは届け出での社名を用いることになっていて、わたしもカーキー服の左の腕に東京通信社とあかく縫ったきれを巻いていました。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
写真のお増は、たっぷりした髪を銀杏返いちょうがえしに結って、そのころ流行はやった白いきれあごまで巻きつけて、コートを着ていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
伜の死骸の側へ行くと、伊左衞門はガツクリ膝を折つて愛撫するやうにその顏を隱したきれを取りました。
モニカは雨水をきれませて菊丸の口の中へ絞りこみ、どこかに生きているしるしがないかと、じっと顔をながめていたが、もう生きかえるあてがないことがわかると
呂宋の壺 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
女房などはこちらにいいのがたくさんあるようだから、当分あちらの娘付きにさせておくがいい。帳台のきれなども新調しただろう、にわかなことで間に合わないから、それを
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
賢所かしこどころの宝剣と御鏡とは、行宮を落ちて出るとき、とばりきれを裂いて、彼がきびしく背に守っていたのである。御諚にまかせ、それを兄藤房へわたすと、彼はどこかへ走って行った。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
黒き箪笥のそばに、廊下よりるようになりおる入口あり。右手の壁の前には、窓に近き処に寝椅子あり。これに絨緞じゅうたんを掛く。その上にはまた金糸きんしぬいある派手なるきれひろげあり。
清三は枕の白いきれを噛んだ、なみだが熱く頬を伝って落ちた。
須磨寺附近 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)