好尚こうしょう)” の例文
こういう物に対する好尚こうしょうと知識のきわめて少ない自分は、反物や帯地やえりの所を長い時間引き回されるのはかなりに迷惑である。
丸善と三越 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
男の好尚こうしょうなかば伝説的である。なまじいに美学などを聴いた因果いんがで、男はすぐ女に同意するだけの勇気を失っている。学問はおのれをあざむくとは心づかぬと見える。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ちょっと見には、くすんだくらいの実直じっちょくな着つけだが、仔細に見れば生粋きっすいの洋風好み、真似ようにも、ここまではちょいと手のとどかない、いずれも珍奇な好尚こうしょう
顎十郎捕物帳:14 蕃拉布 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
魂は地上生活そのままの姿で、彼岸に歩み入るのである。その趣味、好尚こうしょう、習慣、反感等、生前死後を通じて、ごうも変るところがない。変る所はただ肉体の有無のみである。
浮世絵はその名の示すが如く児女じじょの風俗俳優の容姿を描くをもって本領とす。しかれども時代の好尚こうしょうと画工が技能の円熟とによりてやがて好個の山水風景画を制作するに至れり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
漢の武帝の如く神仙を好尚こうしょうせず、かつ宗濂そうれんって、人君く心を清くし欲をすくなくし、民をして田里に安んじ、衣食に足り、熈々皡々ききこうこうとしてみずから知らざらしめば、是れ即ち神仙なりと
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
かくて三年みとせばかりは夢のごとくにたちしが、時きたれば包みても包みがたきは人の好尚こうしょうなるらん、余は父の遺言を守り、母の教えに従い、人の神童なりなどむるがうれしさに怠らず学びし時より
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ここも今代の工芸美術の標本でありまた一般の趣味好尚こうしょうの代表である。なんでもどちらかと言えばあらのない、すべっこい無疵むきずなものばかりである。
丸善と三越 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ただ自分の好尚こうしょうを移せるだけ市蔵の上に移せばそれで充分だという無分別から、勝手しだいに若いものの柔らかい精神を動かして来たのが、すべてのわざわいもとになったらしい。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もしこの二人のいう事がどちらもほんとうであるとすると、われわれの趣味や好尚こうしょうは存外外面的な事情によって自由に簡単に支配されうるものだと思う。
丸善と三越 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
娯楽もしくは好尚こうしょうについてですら、かように節倹しなければならない境遇にある宗助が、小六のために尽さないのは、尽さないのではない、頭に尽す余裕よゆうのないのだとは、小六から見ると
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし、とにかくこうした映画で日常教育されている日本現代の青年男女の趣味好尚こうしょうは次第に変遷して行って結局われわれの想像できないような方向に推移するに相違ない。
映画雑感(Ⅳ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)