十分じゅうぶん)” の例文
チタではことに支那人が多く、満洲まんしゅう近い気もち十分じゅうぶんであった。バイカルから一路上って来た汽車は、チタから少し下りになった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
彼は彼の友に揶揄やゆせられたる結果としてまず手初めに吾輩を写生しつつあるのである。吾輩はすでに十分じゅうぶん寝た。欠伸あくびがしたくてたまらない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ニールスの仲間なかまのガンたちは、エステルイエートランドにむかって旅だつまえに、たべものをとる時間が十分じゅうぶんあるように、朝早く起きました。
そしてあなたが、わたしが十分じゅうぶん大きくなって、もうひとりで世間あるきができるとお考えになったとき、さっそくわたしはじぶんの道をいくことにしました。
前方の機雷や防潜網をけながら歩行機械により海底を歩行出来る仕掛けになって居りますが、十分じゅうぶんドーバー海峡下の水圧には耐えるようになって居ります。
川をわたってからやく二マイルのところがれい難所なんしょなのだ。機関士きかんしも、十分じゅうぶん速度そくどおとしはするが、後部こうぶのブレーキは、どうしてもまかなければならないことになっている。
くまと車掌 (新字新仮名) / 木内高音(著)
屋内はもう十分じゅうぶん調べられた。余す所は煉瓦塀の内側の荒れ果てた空地だ。空地は家屋の正面と南側とを囲んで、百坪程もあったが、その大部分が、膝までもある雑草に埋まっていた。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
すべてのものを幽玄に化する一種の霊氛れいふんのなかに髣髴ほうふつとして、十分じゅうぶんの美を奥床おくゆかしくもほのめかしているに過ぎぬ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのもみの木は、いいところにはえていて、日あたりはよく、風とおしも十分じゅうぶんで、ちかくには、おなかまの大きなもみの木や、はりもみの木が、ぐるりを、とりまいていました。
これは、たしかにもっともな忠告ちゅうこくです。それでガンたちは、言われたとおりにすることにきめました。はらごしらえを十分じゅうぶんにして、さっそくエーランド島にむかって出発しました。
それを見定めると、私は大急ぎで、M駅へと引返し(半里の山路ですからそれには十分じゅうぶん三十分以上を費しました)そこの駅長室へ這入って行って「大変です」とさも慌てた調子で叫んだものです。
赤い部屋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ただ、ごみ箱へすてられるためにばかり運ばれてくるとして、それでいいものだろうか。しかし、一方いっぽうには、くさりかけた一山いくらのものでさえも、十分じゅうぶんにはたべられない人びとが大ぜいいるのに。
水菓子屋の要吉 (新字新仮名) / 木内高音(著)
十分じゅうぶんで事足るべきを、十二分じゅうにぶんにも、十五分じゅうごぶんにも、どこまでも進んで、ひたすらに、裸体であるぞと云う感じを強く描出びょうしゅつしようとする。技巧がこの極端に達したる時、人はその観者かんじゃうるをろうとする。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)