二上にあが)” の例文
故に三下さんさがりの三味線で二上にあがりを唄うような調子はずれの文章は、既に文章たる価値あたいの一半を失ったものと断言することを得。
「なかなか冷えるね」と、西宮は小声に言いながら後向きになり、せなか欄干てすりにもたせ変えた時、二上にあがり新内をうたうのが対面むこうの座敷から聞えた。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
と思えば先生の耳には本調子も二上にあがりも三下さんさがりも皆この世は夢じゃあきらめしゃんせ諦めしゃんせと響くのである。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼女は羽左衛門と、三下さんさがり、また二上にあがりの、清元きよもと、もしくは新内しんない歌沢うたざわの情緒を味わう生活をもして来た。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「それからまあ高調子たかちょうしでどうやらこうやらずうっと押して行きやしたがな、二上にあがりへ変って、やぶうの——う、うぐう——いいす、のとこで又遣りやした。へっへ、それからのべつに」
助五郎余罪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
千代田型のと言っている時に聞えたのが生憎あいにく常磐津ときわずでもなく、清元きよもとでもなく、いわんや二上にあが新内しんないといったようなものでもなく、霜にゆる白刃の響きであったことが、風流の間違いでした。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「姐さん、一つ二上にあがりを行こう」
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
二上にあがりのじめはすれど
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
八重はあしたの晩、哥沢節うたざわぶしのさらいに、二上にあがりの『月夜烏つきよがらす』でもうたおうかという時、植込の方で烏らしい鳥の声がしたので、二人は思わず顔を見合せて笑った。
西瓜 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
蝙蝠かうもりのちらと見えたる夏もはじめつ方、一夕あるゆふべ、出窓の外を美しき声して売り行くものあり、苗や玉苗、胡瓜の苗や茄子の苗と、其の声あたかも大川の朧に流るゝ今戸あたりの二上にあがりの調子に似たり。
草あやめ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「月あかり見ればおぼろの舟のうち、あだな二上にあが爪弾つまびきに忍びうたる首尾の松。」と心悪こころにくいばかり、目前の実景をそのまま中音の美声に謡い過ぎるものがあった。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)