“ちづ”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
地圖44.4%
地図33.3%
地埋11.1%
知津11.1%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
四邊(あたり)の壁間(かべ)には隙間(すきま)も無(な)く列國(れつこく)地圖(ちづ)の懸(か)けられてあるなど、流石(さすが)に海軍士官(かいぐんしくわん)の居室(ゐま)と見受(みう)けられた。
参謀本部(さんぼうほんぶ)編纂(へんさん)の地図(ちづ)を又(また)繰開(くりひら)いて見(み)るでもなからう、と思(おも)つたけれども、余(あま)りの道(みち)ぢやから、手(て)を触(さは)るさへ暑(あつ)くるしい、旅(たび)の法衣(ころも)の袖(そで)をかゝげて、表紙(へうし)を附(つ)けた折本(をりほん)になつてるのを引張(ひつぱ)り出(だ)した。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
野菜を囲(かこ)っておく場所だったが、祖父の代に、地埋(ちづ)みの部分の板壁に、モルタルを塗って電灯を引きこみ、西洋のカーヴ(地下室の酒倉)式の部屋をこしらえた。
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「十七日。晴。朝飯より出立。人車に而平福(ひらふく)迄、当駅より小原(おはら)迄、夫より坂根(さかね)迄人車行。此日駒帰(こまがへり)迄大難坂(だいなんばん)也。夫より知津(ちづ)駅迄下り坂。当駅桝屋善十郎へ著。」
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)