闇中あんちゅう)” の例文
御製では、「くらけくに夜のほどろにも鳴きわたるかも」に中心があり、闇中あんちゅうの雁、暁天に向う夜の雁を詠歎したもうたのに特色がある。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
イバンスは銃をとってごうぜん一発うったが、たまはむなしく音を立てて闇中あんちゅうをとび、手ごたえはさらになかった。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
最先さきに歩めるかの二人が今しもまちの端にいたれる時、闇中あんちゅうを歩めるかの黒影は猛然と暗を離れて、二人を追いぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
闇中あんちゅうからのそりと出て来た、旅すがたは平民的……いつかは奴茶屋やっこぢゃやの前まで来ておりました。その奴茶屋の縁台に腰打ちかけ休んでいた一人の発言でした。
巨人知らず闇中あんちゅう鉄棒もて縫工を打ち殺さんとして空しく寝床を砕く、さてはや殺しやったと安心して翌朝見れば縫工つつがなく生き居るので巨人怖れて逃げ去った
かの女は「闇中あんちゅう金屑かなくずを踏む」といふ東洋の哲人の綺麗きれいな詩句を思ひ出し、秘密で高踏的な気持ちで、粒々の花のまきものを踏み越した。そして葉の緻密ちみつ紫葳のうぜんかずらのアーチを抜けた。
夏の夜の夢 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
と、墨の様な闇中あんちゅうに、真紅まっかひもとも見える細い一筋の光線を発見した、オヤと思って見直すと、板壁に小さな節穴があって、そこから例の赤電燈の光が洩れていることが分った。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それは蛞蝓なめくじであった。よる行くのに、道に蛞蝓がいると、闇中あんちゅうにおいてこれを知った。門人のしたがい行くものが、燈火ともしびを以て照し見て驚くことがあったそうである。これも同じ文に見えている。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)