長袖ながそで)” の例文
元来医者は長袖ながそでと申して武辺の相手にはならぬもの。一口に申せばただの雲助、高く買っても長袖の医者。これが武兵衛の本身でござる。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
初めから長袖ながそでを志望して、ドウいうわけだか神主かんぬしになるつもりでいたのが兄貴の世話で淡島屋の婿養子となったのだ。
長袖ながそでのうちにも、忠盛風ただもりふうの者もあるとみゆるよ。……おお、小殿。忠盛どのに、こうもいうておいて欲しいぞ。
長袖ながそであしにも肉刺まめ出來できることはあるまいとおもつて、玄竹げんちくほとんど二十ねんりで草鞋わらぢ穿いたのであつた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
雛妓は、それから長袖ながそでを帯の前に挟み、老婢ろうひに手伝って金盥かなだらいの水や手拭てぬぐいを運んで来て、二階の架け出しの縁側で逸作と息子が顔を洗う間をまめまめしく世話を焼いた。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「手をあげろ。横着者おうちゃくものめ」と、はげしいしかり声が、入口の方からひびいた。いつの間にか黄竜の幕をかきわけ、四馬頭目の巨体きょたいが、長袖ながそでから愛用の毒棒どくぼうをつきだしている。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼も別に悪僧というのでは無かったが、いわゆる女犯にょぼんの破戒僧で、長袖ながそでの医者に化けて品川通いにうつつをぬかしていた。誰も考えることであるが、あの兜の小判があれば当分は豪遊をつづけられる。
半七捕物帳:65 夜叉神堂 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
たとえ隣家のよしみはあろうとそれはそれこれはこれ、かりにも武士の邸内を家探ししようとは出過ぎた振る舞い! そもそも医師は長袖ながそでの身分
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
小さい時から長袖ながそでが志望であったというから、あるいは画師となって立派に門戸を張る心持がまるきりなかったとも限らないが、その頃は淡島屋も繁昌していたし
「何としたことだ? あの長袖ながそでは」と、その悠長にいらいらしていた。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
然るに六十何人の大家族を抱えた榎本は、表面うわべ贅沢ぜいたくに暮していても内証は苦しかったと見え、その頃は長袖ながそでから町家へ縁組する例は滅多になかったが、家柄いえがらよりは身代を見込んで笑名に札が落ちた。
「かねて伊勢衆は、北畠大納言だいなごん殿という長袖ながそでの家中、およそは柔弱ぞろいならんと存じていたが、この一城の堅固な御意志、織田方にても、さすがに伊勢にも武士ありと、みな感じ合って、お噂は高うござる」
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)