釣荵つりしのぶ)” の例文
が、電燈も依然として明るければ、軒先の釣荵つりしのぶ相不変あいかわらず風に廻っていて、この涼しい裏座敷には、さらに妖臭ようしゅうを帯びた物も見当りません。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
釣荵つりしのぶは風流に似て俗であるが、東京の夏の景物として詩趣と画趣と涼味とを多分に併せ持っているのは、かの虎耳草ゆきのしたであることを記憶しなければならない。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
座敷の軒に釣荵つりしのぶが懸って、狭い庭が水で一面にれていた。平岡は上衣うわぎを脱いで、すぐ胡坐あぐらをかいた。代助はさ程暑いとも思わなかった。団扇うちわは手にしただけで済んだ。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
軒前のきさきに、不精たらしい釣荵つりしのぶがまだかかって、露も玉も干乾ひからびて、蛙の干物のようなのが、化けて歌でも詠みはしないか、赤い短冊がついていて、しばしば雨風をくらったと見え、摺切すりきれ加減に
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やがて娘達は、庭の鳳仙花ほうせんかって、縁側のところへ戻って来た。白いハンケチをひろげて、花や葉の液を染めて遊んだ。鳳仙花は水分が多くて成功しなかった。直樹は軒の釣荵つりしのぶの葉を摘って与えた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
天井からは鰐口わにぐちけいが枯れた釣荵つりしのぶと一しょに下がっている。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
また釣荵つりしのぶ屋の上にもマザマザと感じられました。
随筆 寄席風俗 (新字新仮名) / 正岡容(著)
おのずか其頃そのころとなる釣荵つりしのぶ
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
が、泰さんは存外驚かずに、しばらくはただ軒先の釣荵つりしのぶが風にまわるのを見ていましたが、ようやく新蔵の方へ眼を移すと、それでもちょいと眉をひそめて
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
おごる平家ね、揚羽の蝶のように、まだ釣荵つりしのぶがかかっていますわ。」
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)