辛防しんぼう)” の例文
気にしながらえぬものは浮世の義理と辛防しんぼうしたるがわが前に余念なき小春がとし十六ばかり色ぽッてりと白き丸顔の愛敬あいきょうこぼるるを
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
余はとうとう夜の明けるまで一睡もせずに、怪し気な蚊帳かやのうちに辛防しんぼうしながら、まるで草双紙くさぞうしにでもありそうな事だと考えた。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二三杯かっこんですぐと仕事に走りゃれ走りゃれ、ホホねむくても昨夜ゆうべをおもえば堪忍がまんのなろうに精を惜しむな辛防しんぼうせよ、よいは弁当も松に持たせてやるわ
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「こう苦しくっちゃ、いくら東京に辛防しんぼうしていたって、仕方がないからね。未来のない所に住んでるのは実際いやだよ」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
穀食を絶っても食える土があったから辛防しんぼう出来たろう。それから遂に大自在力を得て、およそ二百年余も生きた後、応永七年足利義持の時に死したということだ。
魔法修行者 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
雪江さんの引き込んだあとは、双方無言のまま、しばらくの間は辛防しんぼうしていたが、これではぎょうをするようなものだと気がついた主人はようやく口を開いた。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
恩を着るはなさけの肌、師にあつきは弟子ていしの分、そのほかには鳥と魚との関係だにないと云い切ってしまった。できるならばと辛防しんぼうして来たうそはとうとういてしまった。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかるに国へ帰れば楽ができるからそれを楽しみに辛防しんぼうしようと云うのははかない考だ。国へ帰れば楽をさせると受合ったものは誰もない。自分がきめているばかりだ。
倫敦消息 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「なるほどこりゃ趣向が無さ過ぎましたね。しかしあれで腹の中は毒のない善人ですよ」「あの上腹の中に毒があっちゃ、辛防しんぼうは出来ませんわ」と細君はおおい気焔きえんを揚げる。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「そんなに飲んだりめたりしちゃ、いくら功能のある薬でも利く気遣きづかいはありません、もう少し辛防しんぼうがよくなくっちゃあ胃弱なんぞはほかの病気たあ違って直らないわねえ」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
とてもご満足の行くようなお話はできかねますから、そのつもりでご辛防しんぼうを願います。
私の個人主義 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二階から飛び下りて、思う様ちのめしてやろうと思ったが、やっとの事で辛防しんぼうした。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一体中学の先生なんて、どこへ行っても、こんなものを相手にするなら気の毒なものだ。よく先生が品切れにならない。よっぽど辛防しんぼう強い朴念仁ぼくねんじんがなるんだろう。おれには到底やり切れない。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかしお延の辛防しんぼうは津田よりも早く切れた。彼女は急に鋭どい声を出した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大変歓迎かんげいしているんだが、そこにはいろいろな事情があってね。君も腹の立つ事もあるだろうが、ここが我慢がまんだと思って、辛防しんぼうしてくれたまえ。決して君のためにならないような事はしないから
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
少し気をつかわなければならない面倒が起ると必ず顔を背けた。そうして事情の許す限りじっ辛防しんぼうして独り苦しんだ。健三にはこの矛盾が腹立たしくも可笑おかしくもない代りに何となく気の毒に見えた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この手にかかった時の相手には、何よりも辛防しんぼうが大切であった。その代り辛防をし抜いた御礼はきっと来た。また来る事をもって彼女は相手を奨励した。のみならずそれを自分の倫理上の誇りとした。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私はとうとう辛防しんぼうし切れなくなって、先生に聞きました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)