輻湊ふくそう)” の例文
諸種の事態が輻湊ふくそうして実隆の辞意を決せしめた。日記永正三年正月二十七日の条に、「孟光いささか述懐の儀あり、不可説の事なり」
激しく泣いた、私は、涙が胸の内側に流れるようで。(もっと複雑な感じ。時代的にも人生的にも様々の思いの輻湊ふくそうした)
又は改正道路と呼ばれる新しい道には、円タクの輻湊ふくそうと、夜店の賑いとを見るばかりで、巡査の派出所も共同便所もない。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
のろい人間もたまに得をすることがあるのである。小涌谷辺は桜が満開で遊山ゆさんの自動車が輻湊ふくそうして交通困難であった。
箱根熱海バス紀行 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
かの国にては罪人を死刑に処するに、市街の四つ辻のごとき、人の最も輻湊ふくそうする場所において行うことになっておる。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
私は急に用件が輻湊ふくそうした。第一にこの吉報を一刻も早く清子さんに伝えなければならない。第二に、といっては済まないが、郷里の両親へ手紙を書く。
恩師 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
殊に患者の輻湊ふくそうしてゐる処なんぞへつたのだから、変つた物を見て神経を刺戟せられたかも知れない。
魔睡 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
卓一はその日社用が輻湊ふくそうして、七時ごろ、やうやく左門の家へきた。日が暮れると、雪が降りだしてゐた。他巳吉が一足先にやつてきてゐて、老人達は花牌はなをひいて遊んでゐた。
ただ漠然ばくぜんと、一つが頭の上に落ちて来れば、すべてその他があとを追って門前に輻湊ふくそうするぐらいに思っている。しかし僕はそういう問題について、何事も母に説明してやる勇気がない。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
困窮者、下層民、賃金、教育、刑罰、醜業、婦人の地位、富、貧、生産、消費、分配、交易、貨幣、信用、資本家の権利、労働者の権利、すべてそれらの問題が社会の上に輻湊ふくそうしていた。
浴客はまだ何処にも輻湊ふくそうしていなかったし、途々みちみち見える貸別荘の門なども大方はしまっていて、松が六月の陽炎ようえん蒼々あおあおと繁り、道ぞいの流れの向うに裾をひいている山には濃い青嵐せいらんけぶってみえた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
地ハ三陸二羽ノ咽喉いんこうヲ占メ、百貨輻湊ふくそうシ、東京以北ノ一都会タリ。昨春兵燹へいせんニ係リ闔駅蕩然こうえきとうぜんタリ。今往往土木ヲ興ス。然レドモイマダク前日ノ三分ノ二ニ復セズ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
するとくしの歯のように並連ならびつらなったそれらの桟橋さんばしへと二梃艪にちょうろいそがしく輻湊ふくそうする屋根船猪牙舟からは風の工合で、どうかすると手に取るように藤八拳とうはちけんを打つ声が聞えて来る。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
今まで荷船にぶね輻湊ふくそうした狭い堀割の光景に馴らされていた眼には、突然濁った黄いろの河水が、岸の見えない低地の蘆をしたしつつ、満々として四方にひろがっているのを見ると
放水路 (新字新仮名) / 永井荷風(著)