さいな)” の例文
また或るときには、何者とも知れない覆面の人物が犯人となっていて、その疑問の犯人から彼がさいなまれて苦しくてたまらないところを夢見たりした。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
蒼天の星の如くきらめくG師の眼光も一緒になつて、自分の心に直入し、迷へる魂の奧底を責めさいなむのであつた。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
すべての人々はただ彼をさいなまんがためにのみ彼に接触した。人々との接触は彼にとっては皆打撃であった。
その前は宵から引続いた夜であり、その後は冷々ひえびえとした北の微風が流れ出す朝であった。その凡てが澱んで動かぬ時間の間、彼は床の中に幾度か身を悶えて自ら自己をさいなんだ。
掠奪せられたる男 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
かれは一でもおつぎが自分じぶんはなれたことを發見はつけんあるひ意識いしきしては一しゆ嫉妬しつとかんぜずにはられなかつた。かれはさうして悲痛ひつうかんさいなまれた。村落むら若者わかものかれためには仇敵きうてきである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
わたしは、この雑駁な、とりとめのない日記をつけることに、堪へがたいまでに心をさいなまれてゐるやうだ。むしろ、この内部的感情の鬩ぎが、筆を抛つことを拒んでゐるのだともいえる。
(新字旧仮名) / 高祖保(著)
私は、その夏ほど、重くるしい暑さにさいなまれたことはなかった。
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
彼はその狂乱によってさいなまれる。彼は人の聞きなれない異様な物音を聞く。あたかも陸地のかなた遠くから、人に知られぬ恐るべき外界から、伝わり来るがようである。
と同時に私は自分の表情にへばりつく羞恥しうちの感情にさいなまれて香川を見てはゐられなかつた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
その時の気遣ひな戦慄せんりつが残り、幾日も幾日も神経をさいなんでゐたが、やがて忘れた頃には、私は誰かの姿態の見やう見真似みまねで、ズボンのポケットに両手を差し、すみつこに俯向うつむいて
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)