角張かどば)” の例文
例の太刀たちのごとくそっくりかえった「朝日」を厚いくちびるの間にくわえながら、あの角張かどばった顔をさんほど自分の方へ向けて
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
図中二女を載せたる小舟のうしろに立てる船頭はその姿勢不自然ならず。荒々しく角張かどばりたる橋杭はしぐいあいだよりは島と水との眺望あり。これ日本の風景中の最も美なるものなり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
松は尖つた岩の中から、真直まつすぐに空へ生え抜いてゐる。そのこずゑには石英せきえいのやうに、角張かどばつた雲煙うんえんよこたはつてゐる。画中の景はそれだけである。しかしこの幽絶な世界には、雲林うんりんほかに行つたものはない。
支那の画 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「問い正すなんて、君そんな角張かどばった事をして物がまとまるものじゃない。やっぱり普通の談話の際にそれとなく気を引いて見るのが一番近道だよ」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それをへだてて上野の森は低く棚曳たなびき、人や車は不規則にいかにも物懶ものうくその下の往来に動いているが、正面にそびえる博覧会の建物ばかり、いやに近く、いやに大きく、いやに角張かどばって
曇天 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
を立てて恋をするのは、火事頭巾かじずきんかぶって、甘酒を飲むようなものである。調子がわるい。恋はすべてをかす。角張かどばった絵紙鳶えだこ飴細工あめざいくであるからは必ず流れ出す。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その崩れるものがけっして尋常の土じゃない。堅い石である。しかも頑固がんこ角張かどばっている。ある所などは、五寸から一尺ほどもあろうと云う火打石のために、累々るいるいと往来をふさがれている。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし私はこの簡単な一句のうちに、父が平生へいぜいから私に対してもっている不平の全体を見た。私はその時自分の言葉使いの角張かどばったところに気が付かずに、父の不平の方ばかりを無理のように思った。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)