虚妄きょもう)” の例文
かくして、お前は心のすみに容易ならぬ矛盾と、不安と、情なさとを感じながら、益〻ますます高く虚妄きょもうなバベルの塔を登りつめて行こうとするのだ。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
シラノのごとき虚妄きょもうな勇武に相当するものが、現実にあり得るだろうか。しかもこの詩人らは、驚天動地のわざを演じていた。
彼等の側から言ってみれば、この「あるがままの現実世界」は、邪悪と欠陥とに充ちた煉獄れんごくであり、存在としての誤謬ごびゅうであって、認識上に肯定されない虚妄きょもうである。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
虚妄きょもうだ。妄想だ。僕はここにいる。僕はあちら側にいない。僕はここにいる。僕はあちら側にはいない)僕は苦しさにバタバタし、顔のマスクをぎとろうとする。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
自分が信じていた幸福が、全部虚妄きょもうになったのに、猿沢佐介の方はいっこう不幸にもならず、楽しそうに暮している。それが漠然と憎らしく、またねたましいのでした。
Sの背中 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
条件に依って思考することを教えたのは近代科学である。だから近代科学は死の恐怖や孤独の恐怖の虚妄きょもう性を明かにしたのでなく、むしろその実在性を示したのである。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
一般人士のむ境界をだっしていっそう高き境界きょうかいに達したならば、夢相も夢物もみな同一の虚妄きょもうにして、すべてあるところなしとさとらるるであろうことは、あたかも先に掲げた例のとおり
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
官営芸術の虚妄きょもうなるに対抗し、真正自由なる芸術の勝利を立証したるものならずや。宮武外骨みやたけがいこつ氏の『筆禍史ひっかし』はつぶさにその事跡を考証叙述して余すなし。余またここに多くいふの要あるを見ず。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「おれは自分でその実否が慥かめたい」と杉永は云いました、「はいって来る情報はそのたびに変転し、どれが真実かどれが虚妄きょもうか、だんだん区別がつかなくなるばかりだ、そうは思わないか」
失蝶記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
もしそれ虚妄きょもうなるがごとき、なんぞ信を開明の民に得るにたらん。いわゆる神教政治なるもの、その実は神教にあらずして、愚民を哄騙こうへんするの術なり。蛮王、一詭道きどうをもって万民を統御とうぎょせんとほっす。
教門論疑問 (新字新仮名) / 柏原孝章(著)
人の前に私を私以上に立派に見せようとする虚妄きょもうな心は有り余るほど持っていたけれども、そこに埋めることの出来ない苦痛をも全く失ってはいなかった。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
けれども彼は、将来いかなるものになるか、将来いかなるものを作るか、それに確信をもっている。彼は時おりその確信を、高慢から出る虚妄きょもうとして、みずからとがめる。
まだ、日まわりの花はあって、子供もいる、と彼は目にとめてながめた。都会の上にひろがる夏空はうそのように明るい光線だった。虚妄きょもうの世界は彼が歩いて行くあちこちにあった。
美しき死の岸に (新字新仮名) / 原民喜(著)
「しかし虚妄きょもうの伝説だ」
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)