蒼々そうそう)” の例文
逃げはじめるやこの男廉恥れんちもない。山坂また山坂をころげ降りた。すると蒼々そうそうたる松の林が十里もつづく。松風が耳を洗う。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
秋の日落ち谷蒼々そうそうと暮るゝゆうべ、玉の様な川水をわかした湯にくびまでひたって、直ぐそばを流るる川音を聴いて居ると、陶然とうぜんとして即身成仏そくしんじょうぶつ妙境みょうきょうって了う。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
天は蒼々そうそうとしてかみにあり。人は両間りょうかんに生れて性皆相近し。ならい相遠きなり。世の始より性なきの人なし。習なきの俗なし。世界万国皆其国々の習ありて同じからず。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
彼が目を開くと、自分の身体の上に茂り重っている蒼々そうそうたる榕樹のこずえを洩れたすがすがしい朝の日光が、美しい幾条のしまとなって、自分の身体に注いているのを見た。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
泣いたのと暴れたので幾干いくらか胸がすくと共に、次第に疲れて来たので、いつか其処にてしまい、自分は蒼々そうそうたる大空を見上げていると、川瀬の音が淙々そうそうとして聞える。
画の悲み (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
山川さんせん相繆あひまとヒ、鬱乎うつこトシテ蒼々そうそうタリ、此レ孟徳ガ周郎ニくるしメラレシトコロニアラズヤ……
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
草がのび草が枯れ、いつも蒼々そうそうたる野分のわきのそよぎがあるほか、春秋一様な転変をくりかえしているに似た武蔵野の原にも時と人との推移があります。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
西生駒いこま信貴しぎ、金剛山、南吉野から東多武峰とうのみね初瀬はつせの山々は、大和平原をぐるりとかこんで、蒼々そうそうと暮れつゝある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
海の水色までが南房のように蒼々そうそうとして生きていません——沼の水のようです
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
尾花に残る日影ひかげは消え、蒼々そうそうと暮れ行く空に山々の影も没して了うた。余はなお窓に凭って眺める。突然白いものが目の前にひらめく。はっと思って見れば、老木ろうぼくこずえである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)