縕袍どてら)” の例文
彼は食事もそこそこに食卓を離れて、散らかった本や原稿紙と一緒に着替えをたたんでかばんに始末をすると、縕袍どてらをぬいで支度したくをした。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼は煙草へ火をけようとして枕元にある燐寸マッチを取った。その時袖畳そでだたみにして下女が衣桁いこうへかけて行った縕袍どてらが眼にった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
嬢様は荒尾君の大傑作を縕袍どてらと間違へてらツしやると見える。それでも荒尾先生、御感ぎよかんを忝ふしたと心得て感涙にむせんで、今度は又堪らないものを作つた。
犬物語 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
あかじみた浴衣で、はだっこに白雲のある男のをおぶった、おかみさんもあった。よごれた、薄い縕袍どてらに手ぬぐいの帯をしめた、目のただれた、おばあさんもあった。
水の三日 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
内科は無論、外科もやれば婦人科もやる、小児科もやれば耳鼻科もやるというので、夜半に引きつけた子供の患者などは幾たりも来た。そういう時には父は寝巻に縕袍どてらのままで診察をする。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
ジャンパーの上に汚れた縕袍どてらを羽織って、脹雀ふくらすずめのように着ぶくれたその恰好には、乞食の親方のような貫禄がある。向う鉢巻で、机の上に頬杖をついて、こっくり、こっくりしていることもある。
おじさんの話 (新字新仮名) / 小山清(著)
小夜子も不断着のまま、酒のかんをしたり物を運んだりしていたが、ふと玄関の方のふすまを開けて縕袍どてら姿で楊子ようじくわえながら入って来る男があった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お延のこしらえてくれた縕袍どてらえり手探てさぐりに探って、黒八丈くろはちじょうの下から抜き取った小楊枝こようじで、しきりに前歯をほじくり始めた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
銘仙と糸織の区別は彼の眼にも一目瞭然いちもくりょうぜんであった。縕袍どてら見較みくらべると共に、細君を前に置いて、内々心のうちで考えた当時の事が再び意識の域上いきじょうに現われた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
くろずんだ赤と紺との荒い棒縞ぼうじま縕袍どてらも、不断着ているので少しよごれが見えて来たが、十一月もすでに半ば以上を過ぎても、彼女はまだ二階の奥の間に寝たり起きたりしていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)