磯馴松そなれまつ)” の例文
ことに珍しいのはすべて此処の松には所謂いわゆる磯馴松そなれまつの曲りくねつた姿態がなく、杉や欅に見る真直な幹を伸ばして矗々ちくちくと聳えて居ることである。
沼津千本松原 (新字旧仮名) / 若山牧水(著)
空には月があって、路には磯馴松そなれまつがあって、浜には波が砕けている街道を、二年も三年も、ひょっとしたら十年も、私は歩いて行ったのかも知れない。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
寿永四年五月、長門国ながとのくに壇の浦のゆうぐれ。あたりは一面の砂地にて、所々に磯馴松そなれまつの大樹あり。正面には海をへだてて文字ヶ関遠くみゆ。浪の音、水鳥の声。
平家蟹 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
月は裏山に照りながら海には一面にぼうもやかかって、粗い貝も見つからないので、所在なくて、背丈に倍ぐらいな磯馴松そなれまつ凭懸よりかかって、入海いりうみの空、遠く遥々はるばるはてしも知れない浪を見て
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこで米友は、とある磯馴松そなれまつの根方に来て、大の字なりに寝てしまいました。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そこには潮風に枝葉を吹きたわめられた磯馴松そなれまつ種種しゅじゅ恰好かっこうをして生えておりました。その中のある松の下には、海の水を入れた塩汲桶しおくみおけを傍にえて、腰簑こしみのをつけた二人の奴隷が休んでおりました。
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
磯馴松そなれまつもう冬近い唸りなり
鶴彬全川柳 (新字旧仮名) / 鶴彬(著)
初凪や磯馴松そなれまつ皆うちかしぎ
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
しげるいそべの磯馴松そなれまつ
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
住江すみのえの岸か、明石の浜か、———にもかくにも、それ等の名所の絵ハガキで見覚えのある枝振りの面白い磯馴松そなれまつが、街道のところどころに、鮮かな影を斜に地面へ印している。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
磯馴松そなれまつ一樹ひとき一本ひともと、薄い枝に、濃い梢に、一ツずつ、みどり淡紅色ときいろ、絵のような、旅館、別荘の窓灯を掛連ね、松露しょうろが恋に身を焦す、紅提灯ちらほらと、家と家との間を透く、白砂に影を落して
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
樹がみな古く、且つ磯馴松そなれまつと見えぬ眞直ぐな幹を持ち、一樣に茂つた三四町の廣さを保つてずつと西三里あまり打ち續いて田子の浦に終つてゐるのである。海岸の松原としては全く珍しいと思ふ。