瘢痕はんこん)” の例文
テラテラに禿げた赭黒い瘢痕はんこんが右の眼尻から顳顬一帯に隆起し、その上に七八本の毛がマバラに生えている。
湖畔 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
と云うのは、それが稚市ちごいちの形であって、それには歴然とした、奇形癩の瘢痕はんこんがとどめられていたからである。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
二人共後悔の瘢痕はんこんのこさなければすまないきずを受けたなら、それこそ取返しのつかない不幸だと思っていた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「幽門の瘢痕はんこんは仕方がないもんだそうだね、時々サーッと音がするようだよ。——何だか感じがある」
白い蚊帳 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「僕は和歌宮某がどんな手術名人か知らぬが、手術のあとはやはり醜く残るんだろう。つまり接いだ痕は赤くひきつれたりなんかして、醜怪な瘢痕はんこんを残すのだろうが……」
大脳手術 (新字新仮名) / 海野十三(著)
又は茶色に変色した虐待致死の瘢痕はんこんといしの粉でおおうて、皮膚の皺や、繃帯のあとを押し伸ばし押し伸ばしお白粉しろいを施して行く手際なぞは、実に驚くべきもので、多分遊廓の遣手婆やりてばば
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
なぜというに、抽斎が次男優善をして矢島氏の女壻たらしむるのは大いなる犠牲であったからである。玄碩の遺したむすめ鉄は重い痘瘡とうそううれえて、瘢痕はんこん満面、人の見るをいとう醜貌であった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
私たちが今最も心配しているのは熱傷瘢痕はんこんの運命である。この熱傷は単に熱による皮膚障害のほかに中性子とガンマ線とを同時に受けているのであって、普通の火傷とはいちじるしく違う。
長崎の鐘 (新字新仮名) / 永井隆(著)
ベコニア、レッキスの一種に、これが人間の顔なら焼けどの瘢痕はんこんかと思われるような斑紋のあるのがある。やけどと思って見るとぞっとするくらいであるがレッキスとして見れば実に美しい。
藤棚の陰から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
こゝでは恐ろしい広い間の水の床が、生創なまきずを拵へたり、瘢痕はんこんを結んだりして、数千条の互に怒つて切り合ふ溝のやうになるかと思ふと、忽然痙攣状に砕けてしまふ。がう/\鳴る。沸き立つ。
うづしほ (新字旧仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
K博士は、頸部の正面左側にある二すんばかりの瘢痕はんこんを指した。
遺伝 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
悪病の瘢痕はんこんをとどめた奇形児を生む——およそ地上に、かくも苦しいものが、またとあるであろうか。けれども滝人は、そのために、まったく無自覚になっているのではなかった。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
このまえさぐった時は、途中に瘢痕はんこん隆起りゅうきがあったので、ついそこがきどまりだとばかり思って、ああ云ったんですが、今日きょう疎通を好くするために、そいつをがりがりき落して見ると
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
瘢痕はんこんが案外堅いんで、出血の恐れがありますから、当分じっとしていて下さい」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)