煎餅蒲団せんべいぶとん)” の例文
近所に用事が残っているというので、清三は寺に帰るのをやめて、親子いっしょに煎餅蒲団せんべいぶとんにくるまって宿直室に寝ることなどもあった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
もっとも渋をいた厚紙で嵌込はめこみおおいがあって、それには題して「入船いりふね帳」。紙帳も蚊帳もありますか、煎餅蒲団せんべいぶとんを二人で引張ひっぱりながら、むかし雲助の昼三話。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三尺の押入を開けると、煎餅蒲団せんべいぶとんが二枚、その下敷になっているのが、柿色の大風呂敷ではありませんか。
彼は煎餅蒲団せんべいぶとんにくるまって、天井の節穴を眺めながら、恋しい人の上を思った。何とも形容の出来ない、はなやかな色彩と、快いかおりと、柔かな音響が彼の心を占めた。
灰神楽 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
農場の男は僕の客だというのでできるだけ丁寧にこういって、囲炉裏のそばの煎餅蒲団せんべいぶとんを裏返した。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「何だねえ——人が、折角せっかく寝ついたところを——もう冬になっているんだよ、火の気のねえところで、煎餅蒲団せんべいぶとん——寒くって、一度覚めたら、なかなか寝られやしねえんだよ」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
納戸なんどの三畳に煎餅蒲団せんべいぶとんを被って、勘弁勘次は馬のようにぐっすり寝込んでいた。
恍惚こうこつとして人事を忘れて、人は樹下に夢想し得るにかかわらず、甲の飢えや乙のかわきや、貧しき者の冬の裸体、子供の脊髄せきずい淋巴性彎曲りんぱせいわんきょく煎餅蒲団せんべいぶとん、屋根裏、地牢ちろう、寒さに震える少女のぼろ
親父おやじは私にこう云って聞かせるたんびに、煎餅蒲団せんべいぶとんの上で起き直った。
鉄鎚 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
僕は煎餅蒲団せんべいぶとんの間から滑りだすと、大胆に行動を開始した。
鍵から抜け出した女 (新字新仮名) / 海野十三(著)
煎餅蒲団せんべいぶとんの上へ北枕に寝かし、二枚折屏風びょうぶを逆様に、手習机を据えて駄線香をフンダンにいぶしながら、松五郎はその前に神妙に膝小僧を揃え、ポロポロと涙をこぼしては
うございますとも。早速その晩から煎餅蒲団せんべいぶとん一枚ずつ抱えて寝にきました。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
両国で日本一太郎と同じ小屋にいたよしという若い者や、香具師の手から手としじゅう渡り歩いている連中二、三人、木戸番やら道具方やらが来ていて、それらは客席に煎餅蒲団せんべいぶとんをならべて
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
浪人者は自分の家でも入るような悠揚ゆうようさで平次の向うへ、どかりと腰を据えました。煮締めたような畳、煎餅蒲団せんべいぶとん行灯あんどんの灯が、トロトロと居眠りして、汚くはあるが、親しみ深い庶民的な趣です。