)” の例文
旧字:
義経記ギケイキは、盲僧の手にかゝつて、一種の念仏式説経となり、瞽巫女ゴゼや歌占巫女の霊感は、曾我物語をあげて、まづ関の東で、地盤を固めた。
孫子イワク、レ兵ヲ用ル之法国ヲ全クスルヲ上トシ、国ヲ破ル是ニ次グ、軍ヲ全クスルヲ上ト、軍ヲ破ル是ニ次グ、旅ヲ全クスルヲ上ト為、旅ヲ破ル是ニ次グ、卒ヲ全クスルヲ上ト為
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
即、附随してゐるものをとり除けば、「出です」「乞ひす」で、「いきす」「見す」「す」の部類に這入るのである。
「さうや さかいに」 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
吾子ワコよ。吾子のヲフせなんだアラび心で、吾子よりももつと、わるい猛び心を持つた者の、大和に来向うのを、待ち押え、へ防いで居ろ、と仰せられた。
死者の書 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
此は、天竺テンヂクの狐のわざではないか、其とも、この葛城郡に、昔から残つてゐる幻術師マボロシのする迷はしではないか。
死者の書 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
だが一幕「鬱々たる松王丸」でとほすのは、菊五郎などが変改してよい時代なのではないか。病気と言ふ擬態を守るのだといふ通念もよくなかつたのだ。
手習鑑評判記 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
歴史文法に置き替へて考へると、「行きました」「ました」に当るもので、かう言ふ逆表現も、標準語に準拠してゐるやうな感じが持たれたものであらう。
「さうや さかいに」 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
ない」「見ない」などと対照になる、「行きいす」「見いす」「行きいせん」「見いせん」と言つた、丁寧語の意識を心に保ちながら、言つてゐる事が訣る。
「さうや さかいに」 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
与市兵衛などこそ、辛抱立役(勘平)・色敵(定九郎)の間に老役に変るのだから、替り栄えあるべき役だが、寧早替りの都合から、どころの略されてしまつた役である。
実川延若讃 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
併し勿論、座頭鴈治郎は、立敵を要する様な狂言を択ばなかつた。璃寛のした石川五右衛門・元右衛門・団九郎風の実敵ジツガタキや、端敵出の大役などは、魁車は、十分にこなした筈だ。