汪洋おうよう)” の例文
岸に近い所は、もう一帯に薄い氷が張りつめ、中流の、汪洋おうようと流れている部分にも、かなりな大きさの氷の塊がいくつか漂っていた。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
甚兵衛ははっと平伏したが、その心のうちにはなんとも知れぬ、感情が汪洋おうようとして躍り狂った。彼はやっと心を静めて
恩を返す話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
なんじに筧の水の幽韻ゆういんはない。雪氷をかした山川の清冽せいれつは無い。瀑布ばくふ咆哮ほうこうは無い。大河の溶々ようようは無い。大海の汪洋おうようは無い。儞は謙遜な農家の友である。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
フランスの民衆はその前に跪拝きはいした。彼らのうちにおいてその二つは、あるいは矛盾し、あるいは一致しながら、常に汪洋おうようたる潮の流れを支持していた。
レ・ミゼラブル:01 序 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
春の水の汪洋おうようとしてたたえている趣は豊かないい感じのあるもので、いつも見慣れた背戸ではあるけれども、かくまでに春の水が満ち満ちている処を見ると
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
しかし今は日本に、——炎暑の甚しい東京に汪洋おうようたる長江を懐しがっている。長江を? ——いや、長江ばかりではない、蕪湖ウウフウを、漢口ハンカオを、廬山ろざんの松を、洞庭どうていの波を懐しがっている。
長江游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
やがて半道も行くと、街道はひとりでに高い木津川の堤に上がっていった。木津川も先きの大河原駅あたりから、ここまで下って来ると、汪洋おうようとした趣を備えて、川幅が広くなっている。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
そうして汪洋おうようたる本流、輝く白のあなたの分流、対岸の、また下流の煙霞えんか
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
広々とした平野を汪洋おうようと長く流れおる春の水の光景は、のんびりしたいい感じである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
汪洋おうようたる木曾川の水、雨後の、濁って凄まじく増水した日本ライン、噴きあがる乱雲の層は南から西へ、重畳ちょうじょうして、何か底光そこひかりのする、むしむしと紫に曇った奇怪な一脈の連峰をさえ現出している
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
先に帆襖ほふすまを作ってほとんど明石海峡をふさいでいるかと思われた白帆も、近よって見るとかしこに一ここに一帆というふうに、汪洋おうようたる大海原の中に真帆まほを風にはらませて浮んでいるに過ぎない。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
して忌憚きたんなく言わしめば居士の俳句の方面に於ける指導は実に汪洋おうようたる海のような広濶こうかつな感じのするものであったが写生文の方面に於ける指導はまだ種々の点に於て到らぬ所が多かったようである。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)