梨地なしじ)” の例文
すると、だんだん気持のよい光沢が出て来て、金らしくなるのである。この金は、それだから、梨地なしじのような光り方である。
九谷焼 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
振り仰いた万太郎は、梨地なしじの星をさえぎって屋根の峰に立った黒い男の影を、一目で日本左衛門の黒装束くろしょうぞくと見てとりました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひょろ松は、藤五郎のほうへグイと膝を進め、帷子の袂から珊瑚の緒止めのついた梨地なしじの印籠を取りだして、藤五郎の眼の前へそれを突きつけ
顎十郎捕物帳:18 永代経 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
群集が渦を巻いて街道を流れ、その間を馬の群が駈け巡り、その上を火の子が梨地なしじのように飛んだ。
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
両手から胸膝にかけて、梨地なしじの様に金色の粉がくっついている、それが夏の太陽に照らされて、美しくキラキラ光っているのだ。よく見ると、鼻の頭まで、仏像の様に金色だ。
何者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
火の粉を梨地なしじに点じた蒔絵まきえの、瞬時の断間たえまもなくあるいは消え或は輝きて、動いて行く円の内部は一点として活きて動かぬ箇所はない。——「占めた」とシーワルドは手をって雀躍こおどりする。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
清左衛門の取出したのを見ると、梨地なしじに菊の花を高蒔絵たかまきえにした見事な手文庫の、朱の紐を巻いた封は破られて、中を開けると、二三枚の小菊と、見すぼらしい短刀が入っているだけです。
梨地なしじに金蒔絵……絵は住吉の浜でございますな」
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
外は蝋色ぬり、内は梨地なしじである。
十一月のある一日いちじつ、その日は朝から清々すがすがしく晴れ渡って、高台の窓からは、富士山の頭が、ハッキリ眺められる様な日和ひよりであったが、っても、肌寒いそよ風が渡って、空には梨地なしじの星が
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
お延の坐りつけたそのむこうには、彼女の座蒲団のほかに、女持の硯箱すずりばこが出してあった。青貝で梅の花を散らした螺鈿らでんふたわきけられて、梨地なしじの中にんだ小さな硯がつやつやとれていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)