桜湯さくらゆ)” の例文
夏の下町の風情ふぜいは大川から、夕風が上潮あげしおと一緒に押上げてくる。洗髪、素足すあし盆提灯ぼんちょうちん涼台すずみだい桜湯さくらゆ——お邸方や大店おおだなの歴々には味えない町つづきの、星空の下での懇親会だ。
次郎左衛門は店さきの床几しょうぎに腰をおろして、花暖簾を軽くなぶる夜風に吹かれていた。彼は女中が汲んで来た桜湯さくらゆをうまそうに一杯飲んで、ゆったりした態度で往来の人を眺めていた。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
アコ長ととど助が二階で風に吹かれながら桜湯さくらゆを飲んでいると、すぐ後から、濡れた身体へ半纒をひっかけながらあがって来た三十二三の職人体の男。おずおずしながら顎十郎の前に膝をつき
顎十郎捕物帳:24 蠑螈 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
おせんの桜湯さくらゆむよりも、帯紐おびひもいたたまはだたかァござんせんかとの、おもいがけないはなしいて、あとはまったく有頂天うちょうてん、どこだどこだとたずねるまでもなく、二れいと着ていた羽織はおりわたして
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)