手触てざわ)” の例文
旧字:手觸
すみには黒塗の衣桁いこうがあった。異性に附着する花やかな色と手触てざわりのすべこそうな絹のしまが、折り重なってそこに投げかけられていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それらの話や会話は、耳の聴覚で聞くよりは、何かの或る柔らかい触覚で、手触てざわりに意味を探るというような趣きだった。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
ぴゅーととんでくるナイフを、ぴたりと片手でうけとめ、ただちに竹見の心臓をねらってなげかえそうとしたが、そのとき妙な手触てざわりを感じた。
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
かわらけの酒をちょっぴりめさせたり、のみの三郎丸(後の正儀)を、借り物みたいに、よろいの膝に抱きかかえて、しばらくは子の髪の毛の手触てざわりに
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ところが、その墨はまさに夢想していた通りのものらしく、秘蔵の竜渓石りゅうけいせきでそっと磨って見たところ、最初の手触てざわりからもうただの墨でないことがすぐ分った。
南画を描く話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
玄関げんかんへ入り、その荷物を置いたうしろから顔をだした、しわ雀斑そばかすだらけの母に、「ほら、背広まで貰ったんだよ」と手をッこんで、出してみせようとしたが手触てざわりもありません。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
寝たままこれから始めようとしていたあの時、格子の手触てざわりも荒々しく、案内も乞わずに上って来た家主の治郎兵衛は、歯の根も合わぬまでに、あわてて歌麿の枕許へにじり寄った。
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
それは幅の狭い帯の下に挟まっている、ザラザラした固いものの手触てざわりであった。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかしなんだか手触てざわりがガサガサであって、生きている蠅のようでなかった。
(新字新仮名) / 海野十三(著)