情人おとこ)” の例文
お鳥はひやっこい台所の板敷きに、ふくはぎのだぶだぶした脚を投げ出して、また浅草で関係していた情人おとこのことを言いだした。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
達次郎たつじろう——それが房枝の若い情人おとこの名前だったのだが、この男も、どうしたのか、今夜は店先へも顔を出さなかった。
銀座幽霊 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
これも我には心易こゝろやすだての我儘と自惚うぬぼれこうじていましたから、情人おとこの為に嫌われると気のきませんで持ったもの。
情人おとこがあったとて、わしのきらわれたという、証拠にはならぬ。話の腰を折るなら、もうやめじゃ。」
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
情人おとこはあった。楽しかった人と、悲しかった人と——けれど、モルガンのような親切な男は、ない。
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
彼は情人おとこの不実を言い立て、巧みに偽った手紙の紙片を見せて、彼女には一人の競争者があり、彼女は男から欺かれたのであるということを、ついにその不幸な女に信じさせてしまった。
伊之吉という可愛い情人おとこがあって、写真まで取かわせてある、その写真は延喜棚えんぎだなにかざって顔を見ていぬときは、何事をおいても時分時になると屹度きっと蔭膳かげぜんをすえ
芸人を買おうと情人おとここしらえようとお前の腕ですることなら、ちっとも介意かまやしないなんて、そこは自分にも覚えがあるもんだから、お察しがいいと見えて、よくそう言いましたよ。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そのうちに、おばばがその情人おとこの子をはらんだて。が、これはなんでもない。ただ、驚いたのは、その子を生むと、まもなく、おばばのかたが、わからなくなって、しもうた事じゃ。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ただ彼女のみがその情人おとこの罪証をげることができ、自白によって彼を破滅せしむることができるのであった。彼女は否認した。いかに尋問されても、彼女はかたく否認して動かなかった。
其の心のうちを推量致すと小主水も可愛そうになって堪りません、命までもと入揚いりあげております情人おとこは二階をかれて仕舞い、厭な客に身請されねばならぬのでげすから
その前には、沙金しゃきんでさえ、あたかも何物かを待ち受けるように、息を凝らしながら、養父の顔を、——そうしてまた情人おとこの顔を、目もはなさず見つめている。が、彼はまだ、口を開かない。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
女の若い情人おとこは、そのころ勧工場のなかへ店を出していた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)