後嗣あとつぎ)” の例文
異母弟の文彦を後嗣あとつぎにするため、風守をキチガイ扱いに座敷牢へ閉じこめてしまったのだという世間の噂を光子も小耳にしたことがあった。
それから間もなく老先生は私を高林家の後嗣あとつぎにきめられて披露をされた。内弟子たちはみんな不承不承に私を若先生と云った。
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
また後嗣あとつぎの当主も、病弱でほとほと困るとか、吉保へ詫びるがように見せかけて、実は検校に虚構を信じさせるべく努めた。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
西紳六郎氏にお子さんがありませんので、赤松家の末男が今西氏の後嗣あとつぎです。それは於菟さんの叔父おじに当る方でしょう。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
立派な顔だが、どこかしまりがなかった、よくこうした実業家の後嗣あとつぎに見るように、何よりも一番挨拶が上手であった。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
後嗣あとつぎはひとりの娘なので、両親は娘のために銀行の使用人の中から実直な青年を選んで娘の婿むこに取った。
蝙蝠 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
たとい出来ないにしても、あの人の後嗣あとつぎがまたあんな無慈悲な債権者だとすれば、よっぽど運が悪いと云うものさ。何しろ今夜は心配なしにゆっくりと眠られるよ、キャロライン!
兄光瑞師——新門しんもん様——法主の後嗣あとつぎ者が革命児で、廿二、三歳で、南洋や、西蔵チベットへいっていることを見ても、その人たちと似た気性といえば、武子さんはなみなみの小さい器ではない。
九条武子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
叔孫豹の信任は無限であったが、後嗣あとつぎに直そうとは思っていない。秘事ないし執事としては無類と考えていたが、魯の名家の当主とは、その人品からしてもちょっと考えにくいのである。
牛人 (新字新仮名) / 中島敦(著)
某子爵の後嗣あとつぎの所に嫁いでいるし、健吉氏の夫人の弟は貴族院議員になっていますし、そうして健吉氏自身は大会社の重役です、そういう人の一人息子で、且つ××大学の学生である春一が
死者の権利 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
七瀬は、斉彬のめてくれる言葉を、責められているように聞いた。寛之助の死は、斉彬にとって、後嗣あとつぎを失う大事であると共に、七瀬にとっても、仙波の家を去らなければならぬ大事であった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
「う、わっしあ、はあ、五十七だもなあ。後嗣あとつぎもねえではなあ」
土城廊 (新字新仮名) / 金史良(著)
「え、お雪ちゃんをおばさんの後嗣あとつぎにですか」
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
なぜなら、彼の実子たる二人は主家の外孫で、それが主家の後嗣あとつぎの最も有力な候補者であろうからである。
奪って去ったものは九段高林家の後嗣あとつぎで旧名音丸久弥といった屈強の青年であることがわかった。
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
もう一人檜垣の家の後嗣あとつぎに貰えるはずの子供が生れるのを伯母さんは首を長くして待受けている。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
森の家はもともと資産などないのでしたので、応分の補助をする、後嗣あとつぎも生まれて御家庭の心配もあるまいから、どうか来てもらいたいと、断っても断ってもいわれます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
後嗣あとつぎのお前に万一のことがあったらどうするんじゃ。われは行くんじゃねえ。
義民甚兵衛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
やがて子供の生れない老年になったが、後嗣あとつぎをめぐる陰謀はその年齢に至らぬうちから起ってもいる。
安吾史譚:02 道鏡童子 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)