当所あてど)” の例文
旧字:當所
女房かないの里方が日本に無いのを忘れない村井氏は、ちよい/\夫人を連れて、あちこちと旅をする。そして何処どこ当所あてどもない折には、日光へく事にめてゐる。
惣「真桑瓜を盗んだからといって何も殺しはしない、真桑瓜と人間とは一つにはならん、殺しはせんが、こゝで助けても、是から何処どこきなさる、当所あてどがありますかえ」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
まるで当所あてどなきさすらひ人のやうに、高く雲間に聳えたち、まぶしい陽の光りが絵のやうな青葉のかたまりを赫つと炎え立たせると、その下蔭の葉面はづらには闇夜のやうな暗影かげが落ちて
透き通るような蒼い額からげっそりとげた頬の辺手頼たよりない寂しい陰影かげがあって、見る人をして悲しませる。据えた瞳を当所あてどもなく茫然ぼうぜんと前方へ注ぎながら何やら独言ひとりごとを云っている。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
やや有りて彼はしづかに立ち上りけるが、こたびは更にちかきを眺めんとて双眼鏡を取り直してけり。彼方此方あなたこなたに差向くる筒の当所あてども無かりければ、たまた唐楪葉からゆづりはのいと近きが鏡面レンズて一面にはびこりぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
当所あてどもなくへやの一方を見詰めたるまま、黙然もくねんとして物思えり。
琵琶伝 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
勢いを倍加して一散に当所あてどもなく走り出した。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
身忙みぜわしそうに片膝立てて、当所あてどなくみまわしながら
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)