幾代いくよ)” の例文
昨日きのふといふ過去は幾十年を経たる昔日むかしの如く、今日けふといふ現在は幾代いくよにも亘るべき実存の如くに感じ、今迄は縁遠かりし社界は急に間近に迫り来り
厭世詩家と女性 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
隣の家——それは幾代いくよという待合になっている二階座敷の話声はなしごえが手に取るように聞えて来るのに、ふと耳を傾けた。
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
妖婆はぐるりぐるりと鍋を廻る。枯れ果ててとがれる爪は、世をのろ幾代いくよさびせ尽くしたるくろがね火箸ひばしを握る。煮え立った鍋はどろどろの波をあわと共に起す。——読む人は怖ろしいと云う。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
幾代いくよ流連ゐつづけしてゐるらしい。そして、釧路くしろまでもつれて行つた妾は、別に宿屋へ置いてあるらしい。無駄なことにはぱツぱと金を使ひながら、僕の大事件を少しも思つて呉れない。實に困るよ。」
泡鳴五部作:04 断橋 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
我見ても久しくなりぬすみの絵のきちの掛物幾代いくよ出ぬらん
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
動くべきすべての姿勢を調ととのえて、朝な夕なに、なぶらるる期を、待ち暮らし、待ち明かし、幾代いくよおもいくきの先にめながら、今に至るまでついに動き得ずに、また死に切れずに、生きているらしい。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
幾代いくよがよからう」とは、北劍が出した意見である。
泡鳴五部作:03 放浪 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
響も高く幾代いくよの春を告げわたりしに。
御前おまえ川上、わしゃ川下で……」とせりを洗う門口かどぐちに、まゆをかくす手拭てぬぐいの重きを脱げば、「大文字だいもんじ」が見える。「松虫まつむし」も「鈴虫すずむし」も幾代いくよの春を苔蒸こけむして、うぐいすの鳴くべきやぶに、墓ばかりは残っている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)