差込さしこ)” の例文
こうした機会を待ち設けていたように持病の癪の虫が頭をもたげた。さなきだに狂いかかっている彼女は、突然におそって来た差込さしこみの苦痛に狂って倒れた。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
午後ひるすぎ庭に出て植込うえこみの間を歩くと、差込さしこむ日の光は梅やかえでなぞのかさなり合った木の葉をば一枚々々照すばかりか、苔蒸こけむす土の上にそれらの影をば模様のように描いています。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
祖母としよりが、ト目をこすった帰途かえりみち。本を持った織次の手は、氷のように冷めたかった。そこで、小さな懐中ふところ小口こぐちを半分差込さしこんで、おさえるようにおとがいをつけて、悄然しょんぼりとすると、つじ浪花節なにわぶしが語った……
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
突然おなか差込さしこみが来るなどと大騒ぎをするかと思うと、納豆なっとうにお茶漬を三杯もかき込んで平然としている。お参りに出かけるほか、芝居へも寄席よせへも一向いっこうに行きたがらない。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
朝顔あさがほの花が日毎ひごとに小さくなり、西日にしびが燃えるほのほのやうにせま家中いへぢゆう差込さしこんで来る時分じぶんになると鳴きしきるせみの声が一際ひときは耳立みゝだつてせはしくきこえる。八月もいつかなかば過ぎてしまつたのである。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)