富坂とみざか)” の例文
なんでも、高等学校の確か二年生であった頃ですが、若杉さんは、ある晩、春日かすが町から伝通院でんつういんの方へ富坂とみざかを登っていたそうです。
若杉裁判長 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
安藤坂あんどうざかは平かに地ならしされた。富坂とみざか火避地ひよけちには借家しゃくやが建てられて当時の名残なごりの樹木二、三本を残すに過ぎない。
伝通院 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
二人は伝通院でんずういんの裏手から植物園の通りをぐるりとまわってまた富坂とみざかの下へ出ました。散歩としては短い方ではありませんでしたが、そのあいだに話した事はきわめて少なかったのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
思案入道殿のやかたに近い処、富坂とみざか辺に家居いえいした、礫川れきせん小学校の訓導で、三浜なぎさ女史である。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
親父おやじが死んでから春木町を去って小石川の富坂とみざかへ別居した。この富坂上の家というは満天星どうだん生垣いけがきめぐらしたすこぶる風雅な構えで、手狭てぜまであったが木口きぐちを選んだ凝った普請ふしんであった。
たとえば砲兵工廠ほうへいこうしょう煉瓦塀れんがべいにその片側を限られた小石川の富坂とみざかをばもう降尽おりつくそうという左側に一筋の溝川みぞかわがある。その流れに沿うて蒟蒻閻魔こんにゃくえんまの方へと曲って行く横町なぞすなわちその一例である。
東の方は本郷ほんごうと相対して富坂とみざかをひかえ、北は氷川ひかわの森を望んで極楽水ごくらくみずへとくだって行き、西は丘陵の延長が鐘ので名高い目白台めじろだいから、『忠臣蔵』で知らぬものはない高田たかた馬場ばばへと続いている。
伝通院 (新字新仮名) / 永井荷風(著)