宵暗よいやみ)” の例文
都会に宵暗よいやみがせまって、満艦飾をした女がタクシーを盛り場にとめると、貴婦人気どりで歩道を行ったり来たりした。
女百貨店 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
宵暗よいやみでも、貴女あなたのそのなりじゃ恐しく目に立って、どんな事でまたその蠣目の車夫なんぞが見着けまいものでもありません。ちょいと貴女手巾ハンケチを。」
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この静寂境の宵暗よいやみの中へしだいに影を溶け込まそうとしているその墓のところまで覗きに行くことすらが何となく憚られるような恐ろしい気持がして
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
呼び止めるまに、すっと格子の音がして、お蝶は変ったその姿のままで、宵暗よいやみの露地へ出て行った様子です。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
去りつる日の夜も宵暗よいやみの七時半ごろ、所用ありて篠原という医師のもとまでゆかんものと、権現山の麓へ差し掛かりし折から、二歩、三歩前に身の丈六尺以上、顔の長さ一尺五寸
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
廻り燈籠どうろうや、ほおずきやが夜の色どりで、娘たちが宵暗よいやみにくっきりと浮いてにおった。
なやましい湿度を含んだ風が羽根の裏側にヒッソリと沁み渡った、と思うと彼女は早や、青い青い夕星の下の宵暗よいやみを、はるかはるかの桃色の光に向って一直線に飛んで行くのであった。
髪切虫 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
宵暗よいやみにまぎれてそっと通ってみることもあったが、一度も途中で出会わなかった。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
三十間堀へ来ると、宵暗よいやみながら、向うへ急ぎ足に男女の人影。
一町ひとまち、中を置いた稲葉家の二階のてすりに、お孝は、段鹿子だんかのこの麻の葉の、膝もしどけなく頬杖して、宵暗よいやみの顔ほの白う、柳涼しく、この火の手をながめていた。……
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
帰ってゆく百姓たちも、声をかけ、礼拝して、散々ちりぢりに、宵暗よいやみの中へ消えて行く。と——そこへ。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その袖の香を心当てに、谷中やなかのくらがりざか宵暗よいやみで、愛吉は定子(山の井夫人)を殺そう。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)