姑蘇こそ)” の例文
「君、つかん事を訊くやうだが、姑蘇こそ城外の蘇の字だね、あれは艸冠くさかむりの下のうをのぎとは何方どつちに書いた方がほんとうだつたかな。」
の如き艶体えんたいの詩をしょうし得るなり。またかつて中国に遊び給ひける時姑蘇こそ城外を過ぎてに贈り給ひし作多きがなか
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
(月落ちからすいて、霜、天に満つ。江楓漁火こうふうぎょか、愁眠に対す。姑蘇こそ城外、寒山寺。夜半の鐘声、客船に至る)
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
「去年は倭奴わど上海をおびやかし、今年は繹騒えきそう姑蘇こそのぞむ。ほしいままに双刀を飛ばし、みだりにを使う、城辺の野草、人血まみる」。これ明の詩人が和寇わこうえいじたるものにあらずや。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
だが東海の海近い姑蘇こそから出発して揚子江を渡り、淮河わいがの胴に取りついてその岸をさかのぼり、周の洛邑へ運ぶ数十日間その珍魚を生のままで保つことは、殆ど至難な事だった。
荘子 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
然るに何様どういうものだったか、其時は勢威日に盛んであった丁謂は、寂照をとどめんと欲して、しきり姑蘇こその山水の美を説き、照の徒弟をして答釈をもてかえらしめ、照を呉門寺に置いて
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
姑蘇こそ、即ち今の蘇州に文世高ぶんせいこうという秀才があったが、元朝では儒者を軽んじて重用しないので、気概のある者は山林に隠れるか、詞曲に遊ぶかして、官海に入ることを好まないふうがあった。
断橋奇聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)