墨痕ぼくこん)” の例文
さう云へば遺書の文字さへ、鄭板橋ていはんけう風の奔放な字で、その淋漓りんりたる墨痕ぼくこんの中にも、彼の風貌が看取かんしゆされない事もない。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
幸い持合せのちと泥臭どろくさいが見かけは立派な円筒形えんとうけいの大きな舶来はくらい唐墨とうぼくがあったので、こころよく用立てた。今夜見れば墨痕ぼくこん美わしく「彰忠しょうちゅう」の二字にって居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
鉄門はすでに固くとざされたり、赤煉瓦あかれんぐわへいに、高く掲げられたる大巾おほはばの白布に、墨痕ぼくこん鮮明なる「社会主義大演説会」の数文字のみ、燈台の如く仰がれぬ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
されば本文にもいへるごとくかりそめにいひすてたる薬欄やくらんの一句の墨痕ぼくこんも百四十余年ののちにいたりて文政の頃白銀の光りをはなつぞかし、論外不思議ろんぐわいふしぎといふべし。
ぴったり締まって乾破ひわれのした玄関の雨戸に、もう黄色くなりかけた一枚の白紙が、さも二人をあざけるように貼り付いて、墨痕ぼくこん鮮やかに——「かしや」と読める。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
宮殿内の血痕けっこん洞窟どうくつ墨痕ぼくこん娼家しょうかろうの一滴、与えられた苦難、喜んで迎えられた誘惑、吐き出された遊楽、りっぱな人々が身をかがめつつ作ったひだ、下等な性質のために起こる心のうちの汚涜おどくの跡
されば本文にもいへるごとくかりそめにいひすてたる薬欄やくらんの一句の墨痕ぼくこんも百四十余年ののちにいたりて文政の頃白銀の光りをはなつぞかし、論外不思議ろんぐわいふしぎといふべし。
虚々実々きょきょじつじつ、いずれをいずれと白真弓しらまゆみ、と、墨痕ぼくこんあざやかに読める。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)