哀憐あいれん)” の例文
例えば可憐かれんな小動物がいじめられているのを見て、哀憐あいれんの情を催し、感傷的な態度で見ている人は、その態度に於て主観的だと言われる。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
が、その眼の中には、哀憐あいれんを請う情と共に、犯し難い決心の色が、浮んでいる。——必ず修理の他出を、禁ずる事が出来ると云う決心ではない。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼は単純で、しかも哀憐あいれんの情を起こさせるような言葉で、長いあいだキリスト教信者としての死を静かに念じていた彼女の平和な永眠を述べた。
浩は庸之助に強い強い同情を燃やしながら、また一方には、仲間の者達にも、哀憐あいれんの勝った好意を持っていたのである。
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
孤独な瞑想めいそうの習慣は、彼のうちに同情と哀憐あいれんとの念を深めながら、おそらく激昂げっこうする力を減じたであろうが、憤慨の力は少しもそこなわれずにいた。
その緊張した一々の顔——に対するなまなましい哀憐あいれんが彼の胸のうちに苦しく痛ましく起こって来るのであった。
その子に仕合せと一言でも感謝されるまでには、幾多の親の責任感と切実な哀憐あいれんが子に送られた結果なのである。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
公方の哀憐あいれんを求めれば、あるいは、伜だけは、不名誉からすくわれるかも知れぬが、それが出来る三斎ではない。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
私は実に反対者たちは動物が人間と少しばかり形が違っているのに眼をあざむかれてその本心から起って来る哀憐あいれんの感情をなくしているとご忠告申し上げたいのであります。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
縦令たとい道徳がそれを自己耽溺たんできののしらば罵れ、私は自己に対するこの哀憐あいれんの情を失うに忍びない。孤独な者は自分のてのひらを見つめることにすら、熱い涙をさそわれるのではないか。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
野の草を哀憐あいれんする気持の歌だから、引いて人事の心持、古妻ふるづまというような心持にも聯想れんそうが向くのであるが、現在の私等はあっさりと鑑賞して却って有益な歌なのかも知れない。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
三州吉良の領民が三百年間、一斉に肩をそびやかして、「忠臣蔵」を一歩も領内へ入れなかったということは、亡き領主に対する哀憐あいれん同情というがごとき消極的な理由からではない。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
原稿紙ばさみから十枚余りの原稿を出して、ぺらぺらと繰っていたが、疲れきった体に、感傷的な哀憐あいれん刺戟しげきを感じたものらしく、まだ全く眠りからさめきらない庸三の体を揺り動かした。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
哀憐あいれんの情も、人間なれば、時にはいだきまするし、罪の者とはいえ、人命の重さを思えば、助けたき気持もわきまする。けれどそういう場合、国法のなお重き事は、云うまでもありません。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どうしようもないほど哀憐あいれんのおもいをそそられた。
雨の山吹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
平次の声は威圧から哀憐あいれんに変っておりました。
君香が始めわるくいっていたフェレラを一目見るがいなや急に態度が変わり、哀憐あいれんの情を起こしたらしいその心理は彼には合点も行き、気持ちよくも思えたのであった。
かの女は急に規矩男が不憫ふびんたまらなくなった。かの女のきとめかねるような哀憐あいれんの情がつい仕草に出て、規矩男の胸元についているイラクサの穂をむしり取ってやった。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
戸棚の上に上れば、そこからジョンドレットのきたない室の中は見られる。哀憐あいれんの情にも、好奇心があり、またあるべきはずである。そのすき間は一種ののぞき穴になっていた。
ともすれば、哀憐あいれんの情が、湧いて来そうになるのを、彼はし伏せて
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
平次の聲は威壓から哀憐あいれんに變つて居りました。
平次の眼には、深い哀憐あいれんが動きました。
平次の眼には、深い哀憐あいれんが動きました。