半空はんくう)” の例文
あざやかなべに滴々てきてきが、いつの雨に流されてか、半分けた花の海はかすみのなかにはてしなく広がって、見上げる半空はんくうには崢嶸そうこうたる一ぽう半腹はんぷくからほのかに春の雲を吐いている。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ふたりは一生けんめいに、上辺じょうへんのなわを切りはなした。帆は風にまかせて半空はんくうにひるがえった。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
そうして——突然彼の眼の前が、ぎらぎらと凄まじい薄紫うすむらさきになった。山が、雲が、湖が皆半空はんくうに浮んで見えた。同時に地軸ちじくも砕けたような、落雷の音が耳をいた。彼は思わず飛び立とうとした。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
鼻の先から出る黒煙りは鼠色ねずみいろ円柱まるばしらの各部が絶間たえまなく蠕動ぜんどうを起しつつあるごとく、むくむくとき上がって、半空はんくうから大気のうちけ込んで碌さんの頭の上へ容赦なく雨と共に落ちてくる。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かの蒼然さうぜんたる水靄すゐあいと、かの万点の紅燈と、而してかの隊々たいたいふくんで、尽くる所を知らざる画舫ぐわぼうの列と——嗚呼ああ、予は終生その夜、その半空はんくうに仰ぎたる煙火の明滅を記憶すると共に、右に大妓たいぎを擁し
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)