剣菱けんびし)” の例文
旧字:劍菱
「一向知りませんよ。旦那はお酒の吟味ぎんみがやかましくて、剣菱けんびしたるで取って飲んでいましたから、酒屋の徳利なんか家へ入るわけはありません」
焚火にくべてあった松の切株がしきりに煙を立てて、剣菱けんびしの天井から白々と夜の明け初めたのがわかります。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
篠崎小竹しょうちくの顔も見え、岡田半江はんこう小田おのだこくなどの画人や、伊丹いたみ剣菱けんびしの主人なども来ていた。
梅颸の杖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「わっちだって一升一匁八分なんて酒より、剣菱けんびし三鱗みつうろこの生一本とくるほうが正月だからね、あんなおこぜの生れかわりみてえなすべたの代りに御殿女中だのお姫さまと浮気を」
若殿女難記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
チロリでかんをして湯豆腐などで飲ませた。剣菱けんびし、七ツうめなどという酒があった。
「何が毒酒なもんで——いい酒さ——いいも良い——池田の剣菱けんびし、ちょいと口にへえる奴じゃあねえ。これで、おいらも、何の道楽もねえ堅造だが、酒だけは吟味ぎんみしねえじゃあいられねえ方だ」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
やがて、御独で御膳を引寄せて、朝飯を召上ると、もう銀行からは御使でした。そそくさと御仕度をなすって、黒七子くろななこの御羽織は剣菱けんびしの五つ紋、それに茶苧ちゃう御袴おはかまで、りゅうとして御出掛になりました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「上菓子一と折に、剣菱けんびしが五升——少しおごりが過ぎるようだぜ。八、どこからそんな工面をして来たんだ」
「お菊の家へ寄って、剣菱けんびしけてもらおう。船頭、浜中屋の裏へちょっと着けておくれ」
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこで、張網の地点から、二つの方面に注意を向けていると、またも意外、こちらはいま巣へもぐり込んだばっかりの二人のおこもが、相変らず剣菱けんびしの正装で、のこのことい出して来ました。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
百万石も剣菱けんびしも袖振り合う——と言われた江戸の街ですが、六十二万石の大藩の主となるとなかなか見識がうるさく、その上仙台屋敷の傍では、土下座をしないまでも
『さ、もう少し如何ですか。酒は、先生がお好みの剣菱けんびしを選んでおきましたが』
梅颸の杖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)