八橋やつはし)” の例文
少年も芝居へくるたびに必ず買うことに決めているらしい辻占せんべいと八橋やつはしとのかごをぶら下げて、きわめて愉快そうに徘徊はいかいしている。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
……岡崎までもう三里という池鯉鮒ちりうの駅へ着いたとき、彼はその近くに名高い「八橋やつはしの古蹟」という名所があるのを思いだした。
日本婦道記:墨丸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
業平は三河の国の八橋やつはしというカキツバタの名所に行って歌を詠んだが、この八幡村に来たらきっと歌を詠んだろうと思う。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
「お案じなされますな。斯波高経しばたかつねの郎党百人ほどが守って、もう先の八橋やつはし宿しゅくまで行っておりまする」
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
洩さずにく知る人はありやなしやと思うがまゝ我儕おのれが日ごろおぼえたるかの八橋やつはし蜘手くもでなす速記法ちょうわざをもて圓朝ぬしが口ずからと滑らかに話しいだせる言の葉を
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
菖蒲しょうぶの花咲乱れたる八橋やつはし三津五郎みつごろう半四郎歌右衛門など三幅対さんぷくついらしき形してたたずみたる
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
机の右にいる男が、右の手に筮竹ぜいちくのような物を持って、時々机の上をたたくと同時に左のてのひら八橋やつはしと云う菓子に似た竹のきれを二つ入れて、それをかちかちと打合せながら、歌の調子を取る。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
三河なる八橋やつはしも近き田植かな
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
次郎左衛門の相方あいかた八橋やつはしという若い美しい遊女であった。八橋は彼を好ましい客とも思わなかったが、別に疎略にも扱わなかった。彼はひととおりに遊んで無事に帰った。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
待ちかねていた直義ただよしは、矢矧やはぎの陣所から八橋やつはしまで出て、兄尊氏の全軍を迎えた。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたしは茶屋と茶屋とのあいだにある煎餅屋せんべいやの前を通ると、ちょうど今日こんにちの運動場で売っているような辻占入りの八橋やつはしを籠に入れて、俳優の紋所もんどころを柿色や赤や青で染め出した紙につつんで
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)