兜町かぶとちょう)” の例文
兜町かぶとちょうの裏にまだ犬のくそがあろうという横町の貧乏床で、稲荷いなりの紋三郎てッて、これがね、仕事をなまけるのと、飲むことを教えた愛吉の親方でさ。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
銀子に兜町かぶとちょうの若い旦那だんなの客がついたのは、土の見えないこの辺にも、咽喉のど自慢の苗売りの呼び声が聞こえる時分で、かねがねお神の民子から話があったと見え
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
用があって兜町かぶとちょう紅葉屋もみじやへ行く。株式仲買店である。午前十時頃、店はき廻されるような騒ぎで、そこらに群がる男女なんにょの店員は一分間も静坐じっとしてはいられない。
一日一筆 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
昼間は二人とも日本橋兜町かぶとちょうの店に行き、いつも夜遅くに帰り、食事は三度とも店の方でするので、女中を一人も雇わずに、いわば男所帯で暮らしていたのである。
現場の写真 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
急に三吉は沈鬱ちんうつな心の底から浮び上ったように笑った。正太と一緒に坐って、兜町かぶとちょうの方のうわさを始めた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
兜町かぶとちょうの贔屓先へ出稽古に行った帰り道、寒さしのぎに一杯やり、新大橋から川蒸汽で家へ帰ろうと思いながら、雪の景色に気が変り、ふらふらと行く気もなく竈河岸へっついがしの房花家をたずねますと
あぢさゐ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「男は好いし、金はあるし、御両人は兜町かぶとちょう切っての果報者だよ」
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
あるじはお庄たちと同じ村から出た男で、兜町かぶとちょうの方へ出ていた。お庄の父親とも知らない顔でもなかった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
正太は叔父の心当りの人で、もし兜町かぶとちょうに関係のある人が有らば、紹介してくれ、心掛けて置いてくれ、こんなことまで頼んで置いて、叔父と一緒に石段の傍を離れた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その夜、甚吉はいつものとおり、主人と二人で兜町かぶとちょうの店を出て十時半頃に家に帰った。
現場の写真 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
兜町かぶとちょうの、ぱりぱりしたのが三四人、今も見物で一所ですがね。すぐ切上げてもいいんですの。ちょっと一座敷、抜け荷を売りゃ……すぐに三十と五十さ、あなた。あなたの遊興あそびは、うわになるわ。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「何となく君は兜町かぶとちょうの方の人らしく成ったネ。時に、正太さん、君は何処どこへ連れて行く積りかい」
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
新しいネルの単衣ひとえに、紅入りメリンスの帯を締め、買立ての下駄に白の木綿足袋もめんたびをはいて、細く折った手拭や鼻紙などを懐に挿み、兜町かぶとちょうへ出ている父親の友達の内儀かみさんに連れられて
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)