伝法院でんぽういん)” の例文
旧字:傳法院
いまや、その巣窟そうくつの上に、裁決の日は来た。一山の僧房や伽藍がらんは、わずか伝法院でんぽういんの一宇を残したきりで、炎々たる兵燹へいせんかかった。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
銭形平次がそう言った時、お菊はもう平内様の堂を離れて、伝法院でんぽういんの横の方へ、美しい鳥のように姿を隠すのでした。
どんよりと曇りて風なく、雨にもならぬ秋の一日いちにち、浅草伝法院でんぽういんの裏手なる土塀どべいに添える小路こうじを通り過ぎんとしてたちまちとある銘酒屋めいしゅやの小娘にたもと引かれつ。
葡萄棚 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
その伝法院でんぽういんの前を来るまでは見たのですのに、あれから、弁天山へ入るまでの間で、消えたも同じに思われました。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
浅草の伝法院でんぽういんへ度々融通したのが縁となって、その頃の伝法院の住職唯我教信とねんごろにした。
戸外そとはきれいな月の光にいろどられていた。もう活動や芝居がはねかけているので、人通りが多くなっていた。山西は伝法院でんぽういんの塀に添うて並んだ夜店の前を通って、池の方へ往った。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
今度は入違いれちがい伝法院でんぽういん御役僧おやくそう町方まちかたの御役人衆とがおいでになり、お茶屋へ奉公する女中たちはこれから三月中みつきうちに奉公をやめて親元へ戻らなければ隠売女かくしばいじょとかいう事にいたして
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ある日、女中のおせいと一緒に、ツイ目と鼻の観音様へお詣りをして、伝法院でんぽういんの前まで来ると、お勢がほんのちょいと眼をそらすうちに、お雛の姿が見えなくなってしまったのです。
伝法院でんぽういんの塀をはなれて池のふちへ出たところで、左の方から来る人群ひとむれの中に、友禅ゆうぜん模様の羽織はおりを着た小女こむすめ見出みいだした。彼はしずかにその方へ寄って往って、その顔をじっと見ながら微笑を送った。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
少しぞんざいな口をきいて、お秋はよりそうように伝法院でんぽういんの裏の方を指しました。桃色真珠のように、夕陽に透いてキラキラと光る指を見ると、目当ての家などはんでもよかったのでしょう。
十字架観音 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)