仕舞屋しもたや)” の例文
この娘は前回に於て夜の十二時頃縫い上げた式服を松谷鶴子のところへ持って来た、崖下の仕舞屋しもたやの二階に住む桃沢花という縫子である。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
たしかとりの町の日でしたろう、お隣の仕舞屋しもたや小母おばさんから、「お嬢さん、面白いものを見せてあげましょう」
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
が、多分その辺の喫茶店あたりへ案内されることと思っていると、狭い露地の中へ這入って行って、とある仕舞屋しもたやのような造りの小料理屋の二階へ上った。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
大通りから一寸入った左側で、硝子ガラスが四枚入口に立っている仕舞屋しもたやであった。土間からいきなり四畳、唐紙で区切られた六畳が、陽子の借りようという座敷であった。
明るい海浜 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
右側は、みな仕舞屋しもたやばかりで、すでに戸を締めている。左側は表通りと連続して、古い煉瓦建の三階建があって、カフェをやっているらしく、ほの暗い入口が見える。
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
バタシーを通り越して、手探てさぐりをしないばかりに向うの岡へ足を向けたが、岡の上は仕舞屋しもたやばかりである。同じような横町が幾筋も並行へいこうして、青天のもとでもまぎれやすい。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
氷屋の並びに表通から裏へ突抜けた薬屋の蔵のうしろがあって、壁を塗かえるので足代あししろが組んである、この前に五六人、女まじり、月を向うの仕舞屋しもたやの屋根に眺めて、いずれも
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
京都の町医院には、門構もなく、仕舞屋しもたや風なのが多い。街路に直接面している扉の梨地ガラスの上に書かれている医院名と、電灯の赤い笠とが僅かに医院であることを示している。
澪標 (新字新仮名) / 外村繁(著)
仕舞屋しもたやのことですから、玄関口に錠をおろして、座敷で退屈まぎれに書見をしはじめたんです……ところが、三時の時計の音を聞いてから、ついウトウトとまどろんじまったんです。
あやつり裁判 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
ふだん私の家で浅草方面へ行く場合に使用させてもらっている小林と云う仕舞屋しもたやの土間を通りぬけて廓外へ出て、小松橋の方まで行って木刀を買って帰り、水道尻のとば口にあった共同便所の前で
生い立ちの記 (新字新仮名) / 小山清(著)
歯の抜けた笑いに威勢の可い呵々からからが交ってどっとなると、くだん仕舞屋しもたやの月影の格子戸の処に立っていた、浴衣の上へちょいと袷羽織あわせばおり引掛ひっかけたえんなのも吻々ほほと遣る。実はこれなる御隠居の持物で。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)