事勿ことなか)” の例文
ところが、御城番、町奉行、所司代しょしだい誰あって耳をす者なく、彼の上書じょうしょは嘲笑の種となって突ッ返された。つまり、どれもこれも事勿ことなかれ主義。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なかの中では私以上に離縁恐れてて、事勿ことなかれ主義に傾いてることよう分ってますさかい、「そないに束縛するのんならほんまに家出してやるぞ」
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それにもかゝはらず、二人の娘は、默つて顏を見合せてゐるのです。この頃の町人達のやうな、事勿ことなかれ主義にてつして、極端に掛り合ひを恐れてゐるのでせう。
さすが事勿ことなかれ主義の石井外務大臣もついに勘忍袋の緒が切れたのであろう、俄然態度を硬化し、両志士を秘かに保護する決意を告げて、頭山翁に面会を求めて来た。
所が教会の老人組と来た日には事勿ことなかれ主義でね。それに少し嘘涙でも流して見せようものなら、すぐ胡魔化されるのですから——それで何ですか支倉は逃げたんですか
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
過てるを知ってはばか事勿ことなかれとは、唐国からくにの聖人も申された。一旦、仏菩薩の妖魔たる事を知られたら、匇々そうそう摩利の教に帰依あって、天上皇帝の御威徳をたたえ奉るにくはない。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あん畜生——いい気味はいい気味だが、今、どこに何をしているんだ、ああして朝湯に来るんだから、この近所にいるんだろう、近所にいるんなら近所にいるで、とかく近所に事勿ことなかれ……ところが
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
これまでの消極的な、事勿ことなかれ主義一方では、鎌倉の安泰も保持しきれないことを、近来、幕府自体もさとって来ている。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こう宣戦布告をしておかないと、親分の平次が事勿ことなかれ主義で尻込みをするかもわからないと思ったのでしょう。
歳を取ると事勿ことなかれ主義になるせいだろうが、性が合わなければ合わないでいい、長い間には合うようになる。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
かう宣戰布告をして置かないと、親分の平次が事勿ことなかれ主義で尻込みをするかもわからないと思つたのでせう。
まだ、口には出さないが、そのため、継嗣けいしの争いや閨閥けいばつの内輪事が、世間へもれることも極力さけようと努めているらしい。総じて、彼の方針は、事勿ことなかれ主義をもって第一としていた。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
近間ちかまにいる月見船が二三隻、この騒ぎに寄って来ましたが、無事に救い上げられた様子を見ると、この頃の町人は「事勿ことなかれ主義」に徹底して、別段口をきく者もありません。
「それはよかった。とかく、大事のまえには事勿ことなかれだ。飲み直そう」
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)