一瞬ひととき)” の例文
濛々もうもうとこめる戦雲と朝霧に明けて、夜もすがら戦い通した籠城の兵に、ふたたび飢餓きがと、炎暑と、重い疲労が思い出された朝の一瞬ひととき
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
黄昏に似た慌ただしさで暮れてゆく一瞬ひとときの夏に追ひ縋つて、あの蝉の音に近い狂燥を村の人達は金比羅山に踊るのであつた。
黒谷村 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
「解き得ぬなぞ」、「生きのなやみ」、「太初はじめのさだめ」、「万物流転ばんぶつるてん」、「無常の車」、「ままよ、どうあろうと」、「むなしさよ」、「一瞬ひとときをいかせ」の八部に分類した。
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
一瞬ひとときよ、——光よ、水脈みを
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
しかし、佐渡がよく見よとおしえたのは、そういうわざの末のことではあるまい。人と天地との微妙な一瞬ひとときの作用を見よといったのだろう。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一年のなかばは雪に鎖され、残りのなかばさへ太陽を見ることはさしてしばしばでないこの村落では、気候のしみが人間の感情にもはつきり滲み出て来るのだつた。夏も亦一瞬ひとときである。
黒谷村 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
この一瞬ひとときをわがものとしてたのしもうよ。
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
後に残った者のほうが、いくさに出て行った人々よりも、遥かに、大きな動悸を胸に抱いていた。——一瞬ひととき一瞬、身を刻まれるように
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それも一瞬ひととき、お前は素早く瞳を逸らし、鈍く耀やく石畳へ棄て去るやうに其れを落す、お前は息を呑みながら小さく肩を聳やかし、劇しい軽蔑を強調しながら、ふと立ち上つて歩きはじめる。
海の霧 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
たのしめ一瞬ひとときを、それこそ真の人生だ!
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
元朝の一瞬ひととき、わけてそれを深く思うべく、彼はそうして霜に坐る例をみずから立てた。そして京都のほうへ向って伏し拝んだ。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やはり鮎子の面影が黴に煤けて一瞬ひととき空を掠めて通る。
海の霧 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
もっとも、こういう場合の一瞬ひとときというものは、待つ方になると、わずかな間も、耐えきれない焦躁しょうそうになるのは勿論である。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三年、五年の漂泊さすらいも、その間のえや艱難も、むしろこの一瞬ひとときの幸福を大きくするために越えて来たもののようであった。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
無数な小旋風こつむじが人間を吹きころがして、堂のぐるりを駈けめぐり、そして堂内の人々がしずかに果す自決の一瞬ひとときを必死に守りぬいていたのであった。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
些細ささいかくしごとが、つい大きな暗い陰を作る。話してしまえ……間のわるいのは一瞬ひとときだし、友達の間に、なんの羞恥はにかむことがあるものではない」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
殿には心身ともに今、生死のうちにあって、ぼうまた忙の寸暇なきお体でありますゆえ、ふと、こういう小閑の一瞬ひとときが、たいへんな霊薬となるのでございましょう。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一瞬ひとときのまに思われたが、その間に、群盗たちは、すでに、ぞんぶんな行動を仕遂げたものとみえる。内から一つの門をあけ放つと、なだれをして、川原の土手を馳け降りて来た。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
殊に兵助は、自分のした報告に責任を感じてくるし、寒さは体から霜が立つようだし——もう、一瞬ひととき、もう一瞬と、その焦躁を抑えていても依然として武蔵の影は見えて来ないし——
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おおきな山岳の裾は、風が来たと思うと、ぐわうと草木もふき捲いて、凄い一瞬ひとときの鳴りを起すが、止んだとなると、ハタと息をひそめて、不気味なほど静かな星のまたたきばかりとなる。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
『実をいえばな、こう見えるわしにだって、折々には、決してよい料簡りょうけんばかりが起りはせぬ。この年になっても、旅路にえたときにでもなると、ふとおぬしと同じような人間になる一瞬ひとときもある』
人間山水図巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大きな肉声は、その一瞬ひとときを破った。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)