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いそがはし
遂に彼はこの
苦を両親に訴へしにやあらん、
一日母と娘とは
遽に身支度して、
忙々く車に乗りて出でぬ。彼等は
小からぬ
一個の
旅鞄を携へたり。
呼べど
号べど、宮は返らず、老婢は居らず、貫一は
阿修羅の如く
憤りて起ちしが、又
仆れぬ。仆れしを漸く
起回りて、
忙々く
四下を
眴せど、はや宮の影は在らず。
彼等は幕の開かぬ芝居に会へる想して、
余に落着の
蛇尾振はざるを悔みて、はや
忙々き
踵を
回すも多かりけれど、又
見栄あるこの場の模様に
名残を惜みつつ去り
敢へぬもありけり。
その故に彼は外に出でて
憂を
霽すに
忙きにあらずや。されども彼の忘れず
塒に帰り
来るは、又この妻の美き顔を見んが為のみ。
貫一は
忙く出迎へぬ。向ひて立てる
両箇は
月明に
面を見合ひけるが、
各口吃して
卒に言ふ能はざるなりき。