“てう”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:テウ
語句割合
朝30.0%
調20.0%
鳥11.4%
兆7.1%
趙4.3%
町4.3%
丁2.9%
挺2.9%
潮2.9%
偶1.4%
弔1.4%
手討1.4%
梃1.4%
蝶1.4%
貂1.4%
貼1.4%
跳1.4%
釣1.4%
頂1.4%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
どうかふだんの君のやうに、怒髪(どはつ)を天に朝(てう)せしめると同時に、内心は君の放つた矢は確かに手答へのあつたことを満足に思つてくれ給へ。
解嘲 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
つまり調(てう)子がよければ持點(てん)を一氣(き)に突(つ)き切る事もたびたびで、自然(しぜん)勝(かち)が多いが、それが逆(ぎやく)になると、どうにも當(あ)たりが惡(わる)くて、負が重(かさ)なつて苛々しい
文壇球突物語 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
『然(さ)らば』とドード鳥(てう)が嚴格(げんかく)に云(い)つて立上(たちあが)り、『此(この)會議(くわいぎ)の延期(えんき)されんことを動議(どうぎ)します。蓋(けだ)し、もつと早(はや)い有効(いうかう)な治療(ちれう)方法(はうはふ)が——』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
私し方へ引取し事なりと申せば文左衞門ムヽ扨は姪(めひ)の事故娘(むすめ)に致して九助方へ縁付(えんづけ)遣(つかは)したかと申に藤八は仰の通りなれ共(ども)夫には因縁(いんえん)の御咄(はなし)あり右節事母兆(てう)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
((孫子))(三二)輜車(ししや)の中(うち)に居(を)り、坐(ざ)して計謀(けいぼう)を爲(な)す。田忌(でんき)、兵(へい)を引(ひ)いて趙(てう)に之(ゆ)かんと欲(ほつ)す。孫子(そんし)曰(いは)く
黒縮(くろちり)つくりで裏(うら)から出て来たのは、豈斗(あにはか)らんや車夫(くるまや)の女房、一町(てう)許(ばかり)行(ゆ)くと亭主(ていし)が待つて居(ゐ)て、そらよと梶棒(かぢぼう)を引寄(ひきよ)すれば、衣紋(えもん)もつんと他人行儀(たにんぎようぎ)に澄(す)まし返りて急いでおくれ。
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
身分(みぶん)は高(たか)からずとも誠(まこと)ある良人(おつと)の情心(なさけごゝろ)うれしく、六疊(でう)、四疊(でう)二間(ま)の家(いへ)を、金殿(きんでん)とも玉樓(ぎよくろう)とも心得(こゝろえ)て、いつぞや四丁(てう)目(め)の藥師樣(やくしさま)にて買(か)ふて貰(もら)ひし洋銀(ようぎん)の指輪(ゆびわ)を大事(だいじ)らしう白魚(しらを)のやうな、指(ゆび)にはめ
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
部落(コタン)で、十五歳から十八歳までの少年で、一ばん早く、一ばん大きな熊をとつたもの、または一番沢山の数をとつた者には会所(くわいじよ)のお役人からりつぱな鉄砲を一挺(てう)下さる。
熊捕り競争 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
天(てん)未(いまだ)に闇(くら)し。東方(とうはう)臥龍山(ぐわりうざん)の巓(いたゞき)少(すこ)しく白(しら)みて、旭日(きよくじつ)一帶(いつたい)の紅(こう)を潮(てう)せり。昧爽(まいさう)氣(き)清(きよ)く、神(しん)澄(す)みて、街衢(がいく)縱横(じうわう)の地平線(ちへいせん)、皆(みな)眼眸(がんぼう)の裡(うち)にあり。然(しか)して國主(こくしゆ)が掌中(しやうちう)の民(たみ)十萬(じふまん)、今(いま)はた何(なに)をなしつゝあるか。
鉄槌の音 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
梶棒とつては、気が利ねど、偶(てう)と半との、賽の目の、運が向いたら、一夜の隙に、お絹布(かいこ)着せて、奥様に、劣らぬ生活(くらし)させてみる。えお園さん、どうしたもの。沈黙(だま)つてゐるは死にたいか。
したゆく水 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
さる程に友なるおうなみまかり、その同胞(はらから)も續きてあらずなり、私は形影相弔(てう)すとも申すべき身となり候ひぬ。
泣きながら城内(じょうない)へついてきた娘(むすめ)も、その百姓も、ちょうど酒宴(しゅえん)をしていた長安(ながやす)のよい酒(さけ)の興味(きょうみ)になって無慈悲(むじひ)な手討(てう)ちにあって殺されたが、その死骸(しがい)を投げすてられたと聞くこの濠(ほり)へ
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「何方も拔き差しならねえ破目(はめ)だ。仲間の仕來りは、こんな時には二梃(てう)の匕首に物を言はせる外はねえ」
さうしてその上には、蛇(ぢや)の目(め)蝶(てう)が、渋色の翅を合せた儘、何羽もぎつしり止まつてゐた。
槍ヶ岳紀行 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
貂(てう)ははやしを出て見てる。
そりとランターン (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
壁に木板の畫を貼(てう)したる房に入り、檸檬(リモネ)樹の枝さし入れたる窓を見て、われはきのふの苦を忘れぬ。フラア・マルチノは我をペツポが許へは還(かへ)さじと誓ひ給へり。
其冒険(ぼうけん)なること上州人の能(よ)く及ぶ所に非ずと云ふ、其方法に依れば熊(くま)を銃撃(じゆうげき)して命中誤(あやま)り、熊逃走(とうさう)する時之を追駆(つゐく)すれば熊遂(つひ)に怒(いか)りて直立し、将(まさ)に一跳(てう)人(ひと)を攫(つか)まんとす、此に於て短剱(たんけん)を以て之を貫(つらぬ)き
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
徴、字は子溌(しはつ)、棗軒、杏隖(きやうう)、月海、済斎の諸号があつた。小字(をさなな)は釣(てう)八、長じて玄策と称し、後玄道を襲いだ。妻三村氏に子道栄、女鉄があつたが、徴の歿した時には皆尚幼(いとけな)かつた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
分水嶺(れい)の頂(てう)上に降る雨が、實に一糎か二糎の相違から、一方は右に流(なが)れてやがては右の海にそゝぎ、他方は左に流(なが)れて左の海にそゝぐことになるときかされてゐたのも
坂道 (旧字旧仮名) / 新美南吉(著)