おろ)” の例文
箱根山脈の駒や足高あしたかや乙女には、まだ雪のひだが白く走っていた。そこからおろされて来る風は春とも思えない針の冷たさを含んでいる。
篝火の女 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
涼しい、生き返るような風が一としきり長峰の方から吹きおろして、汗ばんだ顔を撫でるかと思うと、どこからともなくひぐらしの声が金鈴の雨をくように聞えて来る。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
強くはないが物を吹きとおすような鋭い北西の風が石垣の岩角を掠めて、折々窪地へおろして来る、毛布にくるまって雑談に耽っていた私達は、皆急いで天幕へ這入った。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
その露のちりばむばかり、蜘蛛の囲に色めて、いで膚寒はださむゆうべとなんぬ。山からおろす風一陣。
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ドッとおろして来た御岳嵐おんたけあらし、なびくは雑草、波をうねらし、次第に拡がり、まるで海だ! 泡となって漂うのは、咲き乱れている草の花! 掻き立てられた薬草の香が、プーッと野っ原を吹き迷う。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
どうっ——と山巓さんてんからふきおろしてくる暁闇の大気が、武蔵のからだへ雨かとばかりしずくを落し、松のこずえや大竹藪を潮騒しおさいのように山裾へけてゆく。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
河上から折々雲がおろして来て、谷の空気が潮の退くようにほのかに薄曇ると、濃藍色をした深い上流の山の端から、翠の影がさっと谷間を流れて、体がひやりと冷たくなる。
釜沢行 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
一たびも日金がおろさず、十四五年にも覚えぬという温暖あたたかさ、年の内に七分咲で、名所の梅は花盛り、紅梅もちらほら交って、何屋、何楼、娘ある温泉宿ゆやどの蔵には、ひなが吉野紙のかつぎを透かして、あの
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)