鞣皮なめしがわ)” の例文
父はジャン・ジョセフという名で、鞣皮なめしがわをつくる仕事をしていたので、それだけに家も貧しく、みすぼらしい生活をしていたのでした。
ルイ・パストゥール (新字新仮名) / 石原純(著)
鞣皮なめしがわも上等のものには臭気なし。されば物にして本来の臭気を脱せざるものは悉く未だ到らざるものとなして可なるが如し。
偏奇館漫録 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
足を切られれば切株(Stump)で歩むと言った人もある。いかなる苦痛にも忍耐して鞣皮なめしがわのごとく強靱に生きるのが生物の道ではあるまいか。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
リンツマンの檀那と云うのは鞣皮なめしがわ製造所の会計主任で、毎週土曜日には職人にやる給料を持ってここを通るのである。
インドの女詩人は順番がやっと来たので勇んで演壇に飛び上ってしゃべり出す弁士のように両眼を輝やかし鞣皮なめしがわ細工のような形のい首を前へつき出した。
ガルスワーシーの家 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
すると、ちょうど、その下の、スクラップブックにしては小さ過ぎる、黒鞣皮なめしがわの表紙の本に目がとまった。由紀子はふと好奇心に駆られてその表紙をはぐと
鼻に基く殺人 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
牛の鞣皮なめしがわみたいに茫漠として見当もつかないロシヤという国へ線路伝いに歩きかねない意気込をもっていた。
放浪の宿 (新字新仮名) / 里村欣三(著)
年とった農夫たちは、鞣皮なめしがわのようなせた顔をして、ホームスパンの上衣とズボンを着て、青い靴下に、大きな靴をはき、仰山な白鑞しろめの締め金をつけていた。
ちょうど戸口のところには、テーブルと同じように曲った狗児こいぬの足のような脚の、り掛かりの高い、鞣皮なめしがわで張った肱掛椅子ひじかけいすに、この家の主人が腰をかけている。
鐘塔の悪魔 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
彼の二三の普通の道具と、鞣皮なめしがわのさまざまの切屑とが、彼の足もとや腰掛台ベンチの上に散らばっていた。
その私が、今、身も知らぬ異国の乙女と、同じ部屋に、同じ椅子に、それどころではありません、薄い鞣皮なめしがわ一重を隔てて肌のぬくみを感じる程も、密接しているのでございます。
人間椅子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかも裾のマクレたのが流行はやるので、いよいよ学生だか何だかわからなくなった。おまけにかばんまで鞣皮なめしがわ製の素晴らしいのが出来て来たので、最早もはや学生と見えるところは一ヶ所もない。
「此の好書家の書庫と称する鞣皮なめしがわの物置」などと憎まれ口をたたいている。
愛書癖 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
投網とあみおもりをたたきつぶした鉛球を糸くずでたんねんに巻き固めたものをしんとし鞣皮なめしがわ——それがなければネルやモンパ——のひょうたん形の片を二枚縫い合わせて手製のボールを造ることが流行した。
野球時代 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
呼び上げられて東のつめから、幔幕をかき上げて姿を現わした机竜之助は、黒羽二重くろはぶたえ九曜くようの定紋ついた小袖に、鞣皮なめしがわの襷、仙台平せんだいひらの袴を穿いて、寸尺も文之丞と同じことなる木刀を携えて進み出る。
彼の鞣皮なめしがわのズボンは折り目やしわだらけで、あきらかに長靴ちょうかを支えているのに苦労しているようだ。そして、その長靴は、かつて頑丈だった彼の脚の両側に大ぐちをあけて欠伸あくびしているのである。
そうして足に鹿の鞣皮なめしがわの細い靴を穿いて、いよいよ支度が出来上りまして、これから食堂で皆とお別れの食事を喰べて、それからお伴の女中と一所に馬車に乗って、宮中に行くばかりとなりました。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)