かね)” の例文
自分一人の口を糊しようと思つて、あくせく背骨を曲げて歩いてゐるやうな者は、およそ、その人自身の口一つさへ食ひかねてゐるものだ。
折々の記 (旧字旧仮名) / 吉川英治(著)
墓石ぼせきは戒名も読めかねる程苔蒸して、黙然として何も語らぬけれど、今きたってまのあたりに之に対すれば、何となく生きた人とかおを合せたような感がある。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
斯う堅く信じた私は、石に噛りついても子を引っ張らねばならぬと思ったのでございます。あの子が痛みに堪えかねて泣き出した時、私ももとより泣きたかったのでございます。
殺された天一坊 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
よもすがら恩義と情の岐巷ちまたに立ちて、何れをそれとさだかねし瀧口が思ひ極めたる直諫に、さすがに御身の上を恥らひ給ひてや、言葉もなく一間ひとまに入りし維盛卿、吁々思へば君が馬前の水つぎ孰りて
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
「こうは申しながら、此方こちら自身もまだ、容易にそこの会得えとくはなりかねておる。ただ伊勢守として、信念いたしておるところは、無刀、その二字が極意です」
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この「ガ」の先にはどんな不了簡ふりょうけんひそまッているかも知れぬと思えば、文三畏ろしい。物にならぬ内に一刻も早く散らしてしまいたい。シカシ散らしてしまいたいと思うほど尚お散りかねる。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
いや一諾の、信義のと、肩肱かたひじった理窟りくつばかりではない。きずのある玉も、身に帯び馴れれば捨てかねる。
夕顔の門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)