雑俳ざっぱい)” の例文
旧字:雜俳
ましてそういう、世の耳目に触れた記事を、取り入れないではおかない種類では、雑俳ざっぱいに、川柳せんりゅうに、軽口かるくちに、一口噺ひとくちばなしのがしはしなかった。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
本名は貝助、竹亭寒笑ちくていかんしょうという号で人情本を書き、笑軒寒竹で雑俳ざっぱいをやり、竹田勘七というしかつめらしい名で劇作もするという男だった。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
雑俳ざっぱいや漢詩などもひねりする宗三郎は、立ち上って行灯あんどんの灯を吹き消しました。この冴え渡る月の下に、雪の夜景を満喫しようと思い立ったのです。
猟色の果 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
兵馬はなるほどくだらない人間だと思って、いいかげんに話していると、自分が川柳せんりゅうをやることだの雑俳ざっぱいの自慢だのを、新しそうな言葉で歯の浮くように吹聴ふいちょうする。
つづいて「雑俳ざっぱい」。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
叩き伏せて、キリキリと縛ると、それはなんと、一番無害らしく見えた、丸木屋の次男で、粋事と雑俳ざっぱいに浮身をやつしている、若旦那の雪之助ではありませんか。
主人の三河屋甚兵衛みかわやじんべえはカラカラと笑います。月に三度、三河屋の隠居所に集まる町内の閑人ひまじん達は、勝負事と、無駄話と下手な雑俳ざっぱいに興じて、こう一日を暮すのでした。
これは主人と同年輩の三十五六ですが、雑俳ざっぱいも、小唄も、嘘八百も、仕方噺しかたばなしも、音曲もいける天才的な道楽指南番で、七平に劣らず伽羅大尽に喰い下がっております。
因縁も糸瓜へちまもありゃしません、——寺島てらじまに住んでいる物持の佐兵衛さへえ瓢々斎ひょうひょうさいとか何とかいって、雑俳ざっぱいの一つもひね親爺おやじで、この男が、長い間の大酒で身体をいけなくし
粋事と雑俳ざっぱいとにその日を暮す、雪江ゆきえという筆名ひつめい相応ふさわしい結構な若旦那でした。
雑俳ざっぱい楊弓ようきゅう香道こうどうから碁将棋まで、何一つ暗からぬ才人で、五年前先代から身上しんしょうを譲られた時は、あの粋様すいさまでは丸屋の大身代も三年とはつまいと言われたのを、不思議に減らしもせず
こう紫に棚引く煙草のけむりを眺めて、考えごとをするでもなく、春の光にひたりきっている姿は、江戸開府以来の捕物の名人というよりは、暮しの苦労も知らずに、雑俳ざっぱいの一つもひねっている
公儀御用の下請負したうけおいまでする蝋燭ろうそく問屋ですが、主人の半兵衛は五十二三の働き盛りのくせに、雑俳ざっぱいに凝って商売の方を構わず、店は番頭の理八が采配をふるい、手代の吉五郎と福松を動かして
相手は町内でも人に立てられる三好屋みよしやの隠居、十徳まがいの被布ひふかなんか着て、雑俳ざっぱいに凝っていようという仁体じんていですが、話が不意だったので、平次はツイ梅干を連想せずにはいられなかったのです。
雑俳ざっぱい楊弓ようきゅう藤八拳とうはちけんから、お茶も香道も器用一方でかじり廻ると、とうとう底抜けの女道楽に落ち込み、札差の株を何万両かに売り払って、吉原に小判の雨を降らせるという大通だいつう気取りの狂態でした。
捕物小説と限らず、日本のあらゆる芸術は、季の芸術であると言えないことはあるまい、和歌、俳句、雑俳ざっぱい、音曲から美術にいたるまで、季感の支配を受けないものは一つもないとも言えるのである。
銭形平次打明け話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)