雌伏しふく)” の例文
ただその中の一つのものが偶然の事情で最も強い型式を獲得したので、他のものは亡びたのでなく、皆その下に雌伏しふくしたのに過ぎぬ。
錯覚自我説 (新字新仮名) / 辻潤(著)
抜擢しようとすれば、教育界にもその他の社会にもそれだけの実力を抱きながら、空しく雌伏しふくしている人材は無数にあります。
三面一体の生活へ (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
それで長命の家筋などになると、女は人生の盛りの半分を、文字通りの雌伏しふくで暮し、ヒステリイにもなればまた妙な社会観を抱くことにもなるのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
わしの好きな大石良雄はじめ赤穂四十七義士にも、時に利あらずして、雌伏しふくの時代があったではないか
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それにこたえて、今日まで雌伏しふくしていた九州、四国、中国の宮方どもも一せいにふるい起つ。——で、当然なのは、各地でおこる土地の斬り奪りや、さまざまな抗争だ
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
臥竜がりょう。おれは、考えることをしている。ひるあんどん。面壁九年。さらに想を練り、案を構え。雌伏しふく。賢者のまさに動かんとするや、必ず愚色あり。熟慮。潔癖。凝り性。
懶惰の歌留多 (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼等は明山侯の来るのを機会として、雌伏しふくしていた能登守が頭をもたげはしないかと思いました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
むさぼ雌伏しふくしおるべき時には候わず明治維新の気魄は元老とともに老い候えば新進気鋭の徒を
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
書籍御預り申候の看板かんばんが目につくほどとなっては、得てあの里の儀式的文通の下に雌伏しふくし、果断は真正の知識と、着て居る布子の裏をいで、その夜の鍋の不足を補われるとは
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
私はまるでめんばかりにして眺め「雌伏しふく十六年、忍苦の涙は九四歩の白金光を放つ。」
聴雨 (新字旧仮名) / 織田作之助(著)
今でも私は十襲じっしゅうして愛蔵しているが、近頃コロムビア会社が、十数年雌伏しふくしていたロージングを再び音楽界にたしめ、ムソルグスキー歌曲集六枚二輯をレコードしてくれたことは
そして、それいらい両者は阿蘇の麓でじっと雌伏しふくしていた。ところへ、つい数日前、さらに船上山からのげきに接していたのである。密詔と錦の旗とを、下賜されたのだ。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)