閑日月かんじつげつ)” の例文
九月のよく晴れた日の夕方、植木の世話も一段落で、錢形平次ぜにがたへいじしばらくの閑日月かんじつげつを、粉煙草をせゝりながら、享樂きやうらくして居る時でした。
そこのグランド・ホテルではマタ・アリの隣室に、英国の若い帰休士官が英雄閑日月かんじつげつを気取っている。名をスタンレイ・ランドルフ。砲兵大尉。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
二十年余りの閑日月かんじつげつは、少将を愛すべき老人にしていた。殊に今夜は和服のせいか、禿あがった額のあたりや、肉のたるんだ口のまわりには、一層好人物じみた気色けしきがあった。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
父は閑日月かんじつげつ詮議せんぎよりもむしろその方をよろこんでいたのだろう。そこに父の平生抑えていてゆるめぬ克己心こっきしんの発露がある。こうして父は苦行の道をえらんで一生を過したといって好い。
大政所の葬儀に列し、京大坂で茶の湯をたのしみ、暫しは戦地を忘れて閑日月かんじつげつ
二流の人 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
あらゆる学問のうちで、文学者が一番呑気のんき閑日月かんじつげつがなくてはならんように思われていた。おかしいのは当人自身までがその気でいた。しかしそれは間違です。文学は人生そのものである。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これを文庫と書斎と客間とにてて、万足よろづたらざる無き閑日月かんじつげつをば、書にふけり、画にたのしみ、彫刻を愛し、音楽にうそぶき、近き頃よりはもつぱら写真に遊びて、よはひ三十四におよべどもがんとしていまめとらず。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
大軍が悠々ゆうゆう閑日月かんじつげつを送る地は豊臣とよとみ氏の恩沢を慕うところの大坂である。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
悠々たる閑日月かんじつげつを楽しんでいたが、連歌の会などで、大勢寄り集まって談笑するに、他の人々の声は次の間までも聞えて来るのに、武蔵の声だけは、ほとんど聞こえることがなかったそうである。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いや、閑日月かんじつげつに富んだ今さえ、こう溌剌としているようじゃ、康有為こうゆうい氏を中心とした、芝居のような戊戌ぼじゅつの変に、花々しい役割を演じた頃には、どの位才気煥発だったか、想像する事も難くはない。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)